<2021年11月家族会報告>
11月20日(土)1時半~5時 26名参加(19家族) 初参加4名(3家族)
講師:成瀬メンタルクリニック院長 佐藤 拓 先生
「嗜癖問題対応における医療の役割と医療では出来ないこと」
PP使用 印刷資料あり
成瀬メンタルクリニックは町田市にあります。当院の特徴のひとつとして、複数の自治体と近い立地にあることが挙げられると思います。町田、相模原、川崎、横浜、また他の市町村にも隣接しており、他の地域に比べて地域資源の活用がやりやすいクリニックだと思います。いわゆる当事者会、家族会、リハビリ施設とかそういうものが豊富にある恵まれた環境にあるので、医療機関がすべての役割を担うことをしなくても、ある程度取り組みができる状況にあります。医療機関が支援の全てを担わなければならない地域とは、取り組みの内容が異なってくると思います。その点をご理解戴いた上で、本日は当院の取り組みについてお話しさせていただければと思います。
「嗜癖問題が生じる構造」まず、何かしらの対人関係ストレスがあるとします。人と接する上でストレスを知らず知らずのうちに感じてしまうわけです。そのストレスに上手に対応できればいいのですが、われわれはそれを放置してしまいがちです。人との関係性に負担を感じているが、それをどのように扱ってよいか分からずに蓄積してしまうと、人間は心のバランスを知らないうちに取ろうとして、おそらく無意識的に自己治療的な行動に及んで嗜癖が生じるのだろうと推測されます。それがお酒であり薬でありギャンブルとなるわけです。これは「自己治療仮説」と言われています。ストレスを発散する選択肢が幅広くあって、気分転換も上手にできる人は、あまり一つことにのめり込むことは少ないです。しかし選択肢が限られてしまっている人は、なかなか対応が難しくなります。選択肢が少なくなるとストレス発散の方法として限定された嗜癖対象にのめりこむことになり、コントロール困難に陥るのだろうと思われます。
「生じた結果だけをコントロールしようとしても難しい」皆さんこの状況で生じた結果だけをコントロールしようとします。ギャンブルし過ぎてしまったからやらないようにしますとか、お酒をのまないようにしますとか、薬を止めますとかいう話になりますが、なぜその嗜癖行動をしなければならなくなったかということを考えずに、結果だけをコントロールしようとしてもなかなかうまくいかない。一時的にはできても、継続的にその嗜癖行動に頼らないで心のバランスを保つことは難しいので、結局同じようなことを繰り返す事態になりやすい。もとになる対人関係ストレスや、ストレス発散手段の選択肢の少なさに対処しなければ、嗜癖行動をほんとうに止めることは出来ないわけです。また、結果をコントロールできないことは、ご本人の不誠実さとは何の関係もないということは、知っておく必要があります。「お前の覚悟が足りないからやめられないのだ」という話ではないのですね。対人関係ストレスをまともに受けてしまうという、むしろ誠実な人がそういう状況に陥ることが多いのです。誠実であろうとしている人の方が、リスクが高いという可能性もあるかもしれません。やめられないイコール不誠実ということではないのは、是非みなさんに認識して欲しいです。
「考えられる2つのアプローチ」私は2つのアプローチが必要であろうと考えています。まずその人が何に負担を感じがちであるかということを分析することが一つ目。その方法については後程述べます。次にストレス発散の選択肢についても広げる努力を継続的にやっていくことが二つ目です。先ほどダルクの取り組みの中でも様々なイベントが行われていると聞きましたが、そのように楽しくて健全な行動が、ストレス発散手段として機能することがとても大事だと思います。これは一時的ではなく継続的に行うことが必要です。嗜癖問題を持つ人は、この二つを丁寧に続けていく必要があります。ですが、これはなかなか難しいことであります。
「誰が2つのアプローチを模索し続けるか」この2つのアプローチですが、基本はやはり本人が探っていくことが望ましいです。あなたはこのようなストレス発散をしなさいなどと言われても、たまたま上手くいくことはあるかもしれませんが、生活の場面は刻々と変わってくるわけです。模索をするのは本来本人であるべきなのですよ。しかし本人が考えることにも限界があって、そこで他者との関わりや介入が必要になってきます。例えばギャンブラーズ・アノニマス(GA)といった自助グループ(相互援助グループ)。自分以外の人の話を聞くことが、自分が今抱えている問題を客観的にとらえるヒントになります。直接的に抱えている問題に対する解決策を教えてもらう場所としても機能することがあります。医療機関の受診は多くても週一回ですが、自助グループであればこの近隣では少し足を延ばせば毎日のように開催されているところを探せます。客観的に自分を見つめる場所として最適なところだと思います。リハビリ施設では、多くの生活時間を共有する中でたくさんの振り返りをすることができますし、ストレス発散の選択肢を広げる機会も多々あります。運動なんか好きじゃなかったけどいやいやながら参加してみたら以外と楽しかったとか。様々な気づきを得ることができます。また対人関係の在り方そのものについても考えることができます。他の利用者と関係がうまくいく場合も意味がありますし、うまくいかない場合も色々学ぶことが出来るわけです。何が負担となって、どういう問題が自分に生じやすくなるのかと、そこでの解決方法を安心した環境で学べることがすごく大きいと思います。これらの効果的な関連資源につながらない場合、ご家族がある程度関わるしかない場合もあると思います。しかしご家族には対応する上で難しいことも多く、それ以外の福祉や医療機関の方が関わることも重要となってきます。
「ストレスマネジメントの難しさ」自分自身がどういう問題を抱えていて、それを解決するためにどういう方法を取れば良いか考えるとします。特に論理的な能力が低い方は、自分でその答えを探り出すことができないこととなります。理解力の低さがストレス発散の選択肢を選ぶとか、自分が受けているダメージを客観的にとらえて解決にもっていくことがご自身ではできない。このため他者からの何かしらの支援が必要となります。逆に論理的能力が高い人には問題が起きないかというと、高い人は自分自身に高過ぎる目標設定を課してしまうことがあります。課す義務を多くし過ぎてしまうため、結局つぶれてしまうことが起こりがちです。どちらにしても何かしらの支援が必要なのであろうと思います。
「ギャンブルラーズ・アノニマス(GA)」グループ内では批判は禁止されています。言いっぱなし聞きっぱなしが原則で意見は挟みません。参加者の寄付のみで運営されており、どんな団体からも援助を受けないという原則があります。正直な話をすると言うことが大切にされており、これは自分自身が感じている不満をまず言葉にして表出することを最初に学んでもらいます。その中には援助職とかご家族に対する不満も含まれるということはご理解いただきたいと思います。そこに嘘があると言葉面だけになってしまい、意味がなくなるからです。例えばあの先生のあの言葉は嫌だったと言ったことが話されるのは、きわめて健全なことで全く問題がありません。不満だったことが言えない状況で気を使ってしまうこと自体がストレスになり、嗜癖行動につながってしまうことがあることを知っておきましょう。ご本人で構成されるGAという所と、ご家族が参加するギャマノンは別団体です。どちらのグループも日本全国かなりの数が展開していまして、安定した継続的な支援が受けられると思います。
「リハビリ施設」施設ごとに医療機関に求めるものが異なります。相模原ダルクさんが私どもに求めてくることと、他のリハビリ施設が求めてくるものとは違います。当院では、各施設の要望に出来るだけ対応したいと考えています。回復を目指す人たちで構成される空間で多くの時間を共有することにより、様々な気づきが得られる。嗜癖問題への対応において最も力ある支援となりうる所だと思います。こういった施設の運営が安定することは、国内における継続的な支援環境を整えるうえで重要だと思います。
「ご家族」は、ギャンブル問題を抱えるご本人よりも、より深刻な精神的ダメージを受けていることがしばしば見受けられます。このダメージは、ご本人が順調な回復を目指し始めてからも残り続けます。なぜなら回復に向けて進んでいてコンディションがいいということは、本人にはわかるのですけど家族にはそれが分からないから。なんとなく調子良さそうに見えるけど、実は嘘をついていて騙しているのじゃないかとか、疑問とか不信感は完全に拭い去ることは難しいからです。そういった慢性的なダメージがご家族を苦しめるということになります。あまりにも蓄積されてしまうと、ご本人を冷静にゆとりある態度で支援することとは程遠い状況になってしまうこともしばしばあります。常に監視するような見方をしてしまったりすれば、ご本人の回復を阻害してしまうことになりかねません。私はご家族が精神的なゆとりを確保することがすごく大事ではないかと考えています。ご家族がお家の全ての問題を抱え込んでしまっているような状況から、本人の問題は本人に返すことにしてある程度の距離を置き、家族は最低限の関わりで、ゆとりを持つためにご家族自身の時間をしっかり確保していただきたい。でもこれがなかなか難しくて、診察時にもご家族と私との会話がかみ合わなかったりすることはよくあります。ご家族が心の平安を保っていただくために、ギャマノンとか家族会での学びがとても大切であると思います。
「金銭的トラブルへの対応」これも医療機関では対応が難しいですね。出来れば嗜癖問題に詳しい弁護士とか司法書士とかそういう方に支援していただくのが望ましいと思います。お金の問題に詳しくてしかも嗜癖問題に詳しい専門家の方に話してもらうと、安心の度合いが違います。金銭的な問題に安心出来ないと、回復に向けた取り組みをすることが本人も出来ないし、ご家族も出来ないと思います。そういった意味で医療機関以外の専門家に関わっていただくことがとても大事だと思います。基本的には「借金の返済は細く長く」がいいと言われています。原則的にですが。ギャンブル問題がある方は、お金を借りている状況があると若干ですがうしろめたさからギャンブルへの衝動が抑制されると言われます。早く返してしまうと、もういいよねと思ってまたギャンブルに手を出してしまいかねません。借金は少額でもあり続けた方がいいということです。一方返済の額があまりにも多くて大変だと、そのことが負担となって逆にギャンブル衝動が起こるらしいですね。小額の返済を長くが原則です。また、借りた方に甘えが生じやすい家族会の貸し借りはしない方がいいと言われています。消費者金融みたいなところで借りると返済額が大きくなってしまうので、家族が代理で返して本人が家族に対する返済をすることにしばしばなりますが、それがなかなか上手くいかないことが多いですね。返済が滞ってしまうことがある。すると家族はお金貸しのプロではないので、滞った時の対応を想定していなかったりします。返してくれるという期待が裏切られることにより家族は不満を募らせる、本人は家族の足元を見るようになってしまう、ご家族は本人に対するコントロール欲求を高める、こういう悪循環を繰り返すことになりかねません。ですから家族間の貸し借りはしない方がいいのです。最も大事なことは、日本では借金で命を絶たなければならない事態が生じることは絶対にないのだ、ということを理解しておくことですね。お金が返せない事態が生じたときに必要なことは、絶対に返すことではなくて、適切な場所で適切に謝罪をすることです。そして自分自身の回復に向けて取り組むことが大切です。
先ほど「借金の返済は細く長く」といいましたが、借金をしていることであまりにも精神的に不安定になってしまう方もいます。その場合は基本原則は無視して借金の整理を先にすることもあります。その方がより安心して回復に取り組めるからです。また、細く長くの理屈そのものが理解できないという方もいます。そういう場合も債務整理から入ることがあります。お金のトラブルへの介入は、やり方によってはとても効果的であることもあります。ギャンブルそのものを制限しなくても、「お金の日払い、週払い」の中でギャンブルを自由にできると設定したことで安定する場合もあります。これは専門家の目利きが求められるところです。そのような専門的対応が出来る先生が、この地域周辺にはいらっしゃるので、そういう方にお願いするのがいいと思います。
「その他の支援」発達障害や認知症の方への支援は、医療機関だけでは困難です。犯罪行為にまで及んでしまった方への刑務所からの介入や就職、学習、余暇なども、医療機関だけではない専門的な支援が望ましいと思われます。
「医療の役割はごく一部」大切なことは、地域にある様々な関連機関や援助者を医療者が把握しておくことだと思います。嗜癖問題を医療のみで対応するものと考えるべきではないのです。
最後に「当院における取組について」です。当院では対人関係ストレスの分析をするうえで、ウェクスラー知能検査(現在はWAIS-Ⅳ)を活用しています。俗にいう知能指数というものですが、その人が同世代の人々の中で能力的にはどれくらいの立ち位置にいるかということを数値化する検査です。またどんな能力がどの程度バラついているかの評価をすることも出来ます。発達障害の診断にも使われます。群指数という4つの領域、言語理解、知覚統合、作動記憶、処理速度、この能力値を調べます。「言語理解」とは言葉の理解力ですね。どれだけ言葉を知っているかということと、一般常識における知識量がどうかを示します。「知覚統合」とは論理的思考力、理屈に沿って物を考える能力ですね。物事の優先順位を決めたり、物事の解決プランを考えたりと言った能力に関係すると思います。「作動記憶」は単純な記憶ですね。パッと言われたことをパッと記憶するのはかなりの個人差があります。「処理速度」とは、一旦覚えた作業をどれだけスピーディにこなせるかの能力を示します。こういったことを把握することによって自分自身が躓きやすいことを知ることができます。また援助者やご家族が本人は何に困りやすいのかを把握して、トラブルが起きないような手続きを進めるとか環境調整を行うことができます。
「言語能力が低い」方は何に困るかというと、コミュニケーションにストレスを感じやすい。他の人と話しても言葉がわからないから、話しかけられても負担を感じるのです。おしゃべりがストレス発散として機能しにくい。自分自身が何に困難を抱えているかの説明することも難しいですね。こういう方はコミュニケーションが負担にならないような仕事を選んだほうがいいです。また本人がうまく説明できなくても、ゆっくり時間かけて聞き出してくれるような人がいる職場を選ぶといいですよね。
「知覚統合が低い」方は物事を論理的に理解することが難しくなります。物事の優先順位をつけることが苦手、解決方法を考えることも苦手となります。このタイプの方は、常日頃生活全般で否定されてきたことが多いですね。「考え方が甘い」とか、「そんなことでやっていけるわけがない」とか。その中で「あなたはこうした方がいいですよ」と提案しても、お前も俺のことを否定するのかと、反発することが起きやすいのです。だからいきなり提案を出すより、あなたの味方ですよと感情的に共感することから始めて、関係性が築けたうえで、少しずつこういった時はこうした方がいいんじゃないかなと、提案した方がうまくいくことが多いような気がします。
「作動記憶が低い」方は、生活状況や仕事内容がコロコロ変わるような環境にはストレスを感じます。仕事の指示が変わらないような職場が適切ですし、それが変えられないならメモを活用して、物忘れや不注意がトラブルとならないような環境を調整するといいかと思います。
「処理速度が低い」方は、仕事を急いでこなすことができないです。スピードを要求される仕事場では容易に混乱してパニックになってしまうことがあります。その人のゆったりしたペースを尊重してくれるような環境を選びたいですね。仕事の全体量が多くてもパニックになるので、全体量の調整も必要だろうと思います。
逆に能力高い事で問題になってしまうこともあります。
「言語理解が高い」方は、つい言葉で相手を攻撃してしまうことになります。また他の能力も高いと見積もられやすいですね。これだけ話せるなら出来るだろうと仕事を任せてみたら、物忘れは多いし仕事は遅いしという結果になって、相手が勝手に幻滅してしまうこともあります。こんなことが続けば、その方の自己肯定感は下がってしまいますよね。
「知覚統合が高い」方は、論理的ですから理屈で相手を追い詰めてしまったり、他者に理解してもらえないことに不満を持ったりすることで、適切な人間関係構築が難しくなってしまうことがあります。
「作動記憶が高い」方は、場合悪いことがなさそうですが、いろいろな物事を覚えていますから、相対的に知覚統合が低いと気になることが増えて考えを整理できなくなります。過去に解決したはずの問題を蒸し返してみたり、一人で不安に感じ続けたりしてしまうことがあります。
「処理速度が高い」方は、周りの速度の遅さにイライラしてしまいます。また、周囲からみて衝動的な短絡的行動が多いと評価されたりします。本人としては普通にやっていることが、周りからは突拍子もない行動に見えてしまったりするわけです。
これらの能力値の傾向からどういったトラブルを起こしやすいかを、分析してご本人にフィードバックすることで、今まで何によって自分が負担を感じていたのか、行き詰まりやすかったのか、整理して理解できると感じています。能力値のばらつきはなくすことは難しいので、その方自身が暮らしやすい状況に「周波数を合わせる」ために活用するイメージを持つといいと思います。
「ストレス発散手段の選択肢を増やす」ことを提案しますと、だいたい皆さんご立派なことを思いつきます。ギャンブルやっていた時間をボランティアにあてますとか、読書して過ごしますとかおっしゃる方が多いです。ですが、今までの生活とあまりにもかけ離れたストレス発散方法を選ぼうとしても、無理があります。ギャンブルによって解消されていた何かを推測する必要があるので、そこを対話しながら探ることにしています。人がギャンブルに求めていることは一律ではありません。「お金を稼ぐ、勝利欲征服欲を満たす、音や光の刺激を得る、人間関係から離れる、リフレッシュする、論理的思考欲を満たす、自分の居場所があると感じる、イライラやモヤモヤを解消する、スリルを感じる」等々、複数の目的があることが多いです。このため、単一の代替行動をギャンブルの代わりにすることは難しく、複数の欲求を満たすにはどうすればいいかという視点で一緒に複数の代替行動を模索することを試みています。
文責:伊藤