<2020年10月家族会報告>
10月17日(土)1時半~5時 17名参加(14家族) 初参加3名(2家族)
講師:駒木野病院副院長・アルコール総合医療センター長 田 亮介先生
「新型コロナ禍における当院の状況とアルコール依存症治療」 印刷資料あり
駒木野病院の田と申します。相模原ダルク家族会でお話させていただくのは3回目になります。今日は新型コロナ禍で駒木野病院がどういう状況で活動しているか、アルコール治療にどのように取り組んでいるかについてお話ししようかと思います。こちらの新しいデイケアセンターには今日初めて来ました。きれいで立派で、正直驚いています。先ほどスタッフの方とお話しましたが、最初のころは住民の理解が得られなくて大変だったと思いますが、今このような大きな施設ができるようになったのは、本当にすごい努力だと思います。まずそのことに敬意を表したいと思います。回復していく仲間が増えていけばいいなと思います。
病院の紹介から話を進めていきたいと思います。駒木野病院は東京都八王子市にあります。高尾山のふもとで、高尾駅から歩いて15分ほどのところにあります。南北に圏央道が、東西には中央道が走り、西は相模湖や上野原(山梨県)から、南は相模原や町田から、北は青梅や飯能(埼玉県)、そして23区からも患者さんに来ていただいています。緑が多く住宅街に囲まれており、447床の比較的大きな精神科病院です。この中でアルコール医療をやっております。八王子市というのは精神科のベッドの多い所です。東京精神科病院協会の病院が八王子市には14もあって、合計すると3700床あります。その中でも依存症を積極的に治療している病院の一つです。平成30年度の駒木野病院の新患の疾病分類ですが、(円グラフ)F0は認知症で5人に一人ぐらい。昔はF2の統合失調症の方が一番多かったのですが、現在は10人に一人ぐらいに減っています。アルコール・薬物などの物質使用障害の方はF1で14%くらい。F3は感情障害といってうつ病や躁うつ病。F4は適応障害や神経症が該当します。このように当院にはいろいろな疾患の方がまんべんなく来ていただいています。
「駒木野病院におけるアルコール医療の変遷」当院は古くからアルコール医療に取り組んでいまして、資料にありますように昭和45年から集団療法を開始しました。昭和46年には「断酒懇談会」を発足し、途中「駒木野懇談会」に名称を変え、現在に至ります。昭和47年には「こぼとけ」という小冊子を創刊し、これも現在まで続いています。「駒木野懇談会」という院内自助グループがありまして、年一度「記念大会」と称して断酒を続けている方々を表彰しています。スタッフ・家族を含めて100名前後の参加者があり、体験発表があったり特別講演があったり、毎年盛会に行われております。昭和63年にはアルコール専門治療病棟を立ち上げています。昭和の建物なのでもう古くはなりましたが、東京都が都内のアルコール医療を充実させる目的で補助金を出していただけるということで、専門治療病棟の設置にあたり当院もいただいております。2階は別の機能に移行しましたが、1階は現在もアルコール外来をやっていますし、アルコール総合医療センター(ALMeC)の事務所もあります。
「アルコール総合医療センター(ALMeC)」私はこの部署の責任者をやっております。色々いきさつがありまして、専門治療病棟を廃止してALMeCという部署を立ち上げ、病院全体でアルコール医療をやるという方向に舵を切りました。従来はアルコール依存症の患者さんは専門治療病棟に入院となっていました。しかし専門治療病棟を廃止することで、患者さんはそれぞれの状況に応じていろいろな病棟に入ることができます。我々の病院は基本的には病棟主治医制をとっていて病棟ごとに医師が固定しています。それぞれの病棟の医師や看護師がその病棟に入院した患者さんの担当になる。ALMeCはアルコール医療の専門職として患者さんに対しても治療スタッフに対してもサポートしたり、プログラムの運営・企画を担当したいりしています。患者さんによっては諸事情で病棟を移動する方もおられるし退院して外来に移る方もいらっしゃいます。ALMeCは外来・入院を通してスタッフが継続して関わり続けることができるという利点があります。またALMeCという看板を掲げることによって、地域からはアルコール医療に取り組んでいる病院として見られて、いろいろな所からご相談を受けることがあります。私は副院長もかねており、精神科救急病棟も担当しています。また、現在は某市の生活保護の嘱託医、会社の嘱託産業医、保健所の酒害相談、精神障害者のグループホームの顧問医、また大学の非常勤講師など、いろいろな所で活動しております。いずれのところでもお酒の問題は出てきます。
「新型コロナ感染症対策」現在、病院の正面玄関のところで必ず検温をしていただいて、「検温済」の印のついたポストイットを洋服に貼ってもらってから院内に入っていただくことにしています。病院の待合室はソーシャルディスタンスのために椅子を同じ方向に向くように配置してあって、できるだけ患者さんが密にならないように工夫しています。診察室では医師と患者さんの間にビニールカーテンを設置し、診察の時は医師がゴーグルをかけて診察しています。感染予防に関してはしっかりやっている方ではないかと思います。10月から新型コロナの抗原検査を始めています。報道を見ていますと、これだけ一生懸命感染対応をやっていても一度陽性者やクラスターが出てしまうと、まるで何もやっていないかのように非難されてしまう。特に「やっぱり精神科病院だからだ」と言われるのは非常に悔しいので、これだけ感染者数が増えれば必ず遭遇していくものと思いますが、できるだけ利用者さんが安心していただけるように努力したいと思っています。
「家飲みが増加」食品産業新聞社ニュースWeb版ですが、カクヤスという酒類の販売店ですが、5月の売り上高を発表しました。業務用が75.9%減、家庭用は45.9%増。同社は「4月7日の緊急事態宣言発令後、外出自粛等の感染拡大防止の実施に伴い、当社の業務用取引先への売り上げ減少が顕著になり、5月においてもその影響は継続している。一方で家庭用においては在宅勤務や外出自粛等による『家飲み巣ごもり』需要が前月以上に好調となり、特にビールやRTD、また飲料品においては炭酸水等の割剤の販売が増加した」としています。新型コロナ禍を背景にしたお酒の問題が増えているのは、このような報告でも明らかだと思います。
「病院待合室での感染、7割が『不安』日本医師会が調査」10月7日の朝日新聞の報道ですが、あれだけ一生懸命感染対応をしていても不安に感じ方が多いんだなと実感しました。医療を必要としている方が感染の不安から受診控えの状態になっているのが、まだまだ解消されていないことがわかります。
「新型コロナ禍で受診状況・傾向の変化」オンライン飲み会や在宅勤務により、明らかに飲酒の長時間化、酒量の増加があります。嘱託産業医して活動させていただいているある会社では健康診断を9月に行ったのですが、肝機能障害を持っている方が増えたような印象です。運動不足で体重が増加してきている方も多いですね。明らかに例年と違う状況が出ています。我々の病院でも4月あたりからお酒に関する受診相談が増えています。連続飲酒状態になってきたとか、飲みすぎて家族にひどいことを言ってしまったといった理由が多いようです。外来患者数でもだいぶ戻ってきてはいますが、まだまだ例年の外来患者数には至っていません。外来プログラムが感染対応のために減っているとか、利用者さんの受診控えとかの理由もあると思います。新型コロナの関係で受診間隔をあける方が多いんですね。2週に一度の人が4週に一度にする。そのような方々が元の外来頻度に戻すかというとまだまだで、具合悪くなって戻ってくる人もいますが、間隔が伸びたままの方が多いので、外来患者数が低下しています。
「50代男性、タクシー運転手」の例ですが、タクシー利用者が減ってしまって自宅待機を余儀なくされたというのです。その結果昼間から酒を飲む生活が常態化していった。運転するときはアルコールチェックが入るのでそこそこコントロールできていたのが、自宅待機下では無制限に飲むようになってしまった。自分でもどうにもできなくなって入院されました。こういう方が以前よりも増えています。
「自助グループも軒並み閉鎖となる」アルコールの自助グループはAAと断酒会がありますが、教会や公共施設を利用していたのですが、会場閉鎖で中止を余儀なくされています。ある方が「断酒して20年になるが、こんなに断酒会に行かなかったのは初めてだ」と不安を漏らしています。それでも緊急事態宣言解除以後ですが、徐々に再開し始めてていますし、会場にいけない状態でも電話で連絡取りあう方も増えています。再開しても人数制限をしていたり、匿名性の高いAAでも入口で連絡先をノートに書かなければならなかったり(仮にクラスターが生じた場合に追跡が可能なようにするため)、本来の形には戻り切っていないのが現状です。
「苦肉の策としてのオンラインミーティング」オンラインミーティングをやってみると、思わぬ効用がありました。当院では入院患者さんに対してズームによるミーティングをプログラムの一つとして行っています。一方向性であるため、入院患者さんの顔を隠したり個人情報も伏せたりできるという利点があります。直接対面のミーティングよりは見劣りするんだろうなと思っていたのですが、良い面もありました。「普段会えない地域の人と会える、体験談を聞ける」。「完全にお酒をやめられていなくても参加しやすい」という感想をもった方もいました。一方「ガラケーしか持っていないのでついていけない」という意見もありました。ほかには「久しぶりの参加だったが、対面よりもハードルが低く感じた」、「久しぶりに参加を促したい仲間に対して、オンラインミーティングがあると声をかけやすい」、「家事が忙しくて夜のミーティングに参加できなかったけど、こういう形があると助かるので、できれば新型コロナ収束後も続けてほしい」という意見などです。
「どのような患者さんが来院されるのか」話題を変えて最近の受診者の傾向を話したいと思います。これは海外の論文からとってきたもので、アルコール依存症の患者さんのタイプを5つにわけています。右二つ「若年反社会的タイプ」と「慢性重症タイプ」(約30%)が比較的重くて日本の精神科病院での治療対象の主流の方たちでした。どんな疾患でもそうですが、軽症、中等症、重症とあるわけです。従来の日本のアルコール医療は重症の人だけをターゲットしにしてきました。重症になってから精神科病院に来るという方が多くて、軽症の人はかかりつけ医から「お酒を控えなさいよ」と言われるだけ、ということになっていました。最近はどちらかというと左側の軽症と言われる方も来院されるようになってきており、「若年成年タイプ」「社会機能維持タイプ」「家族性中間タイプ」(約70%)です。クリニックにこういう方が来るのは当然ですが、精神科病院においても従来と異なる患者さんが来ていただけるようになったと思います。
「基本的には依存症は精神科医が対応」精神科医が診る必要があると思います。アルコール依存症は「ICD-10」というWHOの疾病分類ではFコードといわれる、心の病気に分類されているからです。併存精神疾患や背景の障害(発達障害など)もあわせて診る必要があります。一方でアルコール医療に関する「専門医」という制度はないですし、「学会認定医」というものもありません。一応学会レベルで作ろうという動きはありますがなかなか進んでいないのが現状です。一方で精神科医だからといって必ずしもアルコール依存症の診断・治療・対応に精通しているとは言い難い、という側面もあります。このあたり変えていく必要があると思います。我々の病院でも、専門病棟があった当時は専門治療病棟のスタッフだけが患者さんや家族対応をやっていましたが、現在は病院全体でアルコール医療に取り組もう、精神科医療スタッフであればアルコール対応ができるようになろうという方針で活動しています。
「職場からの紹介ケース」もあります。職場でけいれん発作を起こした方や、救急病院で離脱せん妄になり当院に転入院されました方もいました。ほかには、すでに精神科に通院している人ですが、うつ病・パニック障害との診断で治療を受けていたのですが、上司が「本当はお酒問題ではないか」と感じて産業医に相談し、紹介状を書いてもらって当院に受診となったケースもありました。職場内飲酒で産業医の指示で来院したという方もいました。休職が長期にわたるため産業医の勧めで担当医を変えてみる、という転医の形できたという方もいました。
「重症でない方も来院されている」最近記憶が飛ぶようになって心配だから来たという方もいました。この方は依存症ではありませんでした。昔に比べると気軽に精神科病院に来ていただけるようになってきていると実感しています。「飲酒量低減薬」が出たと聞いたので来たという方。仕事は休まずに行っているが、酔うと暴言を吐くことが増えたので、妻にすすめられてきたという方。高齢の方でお酒の飲みすぎか認知症なのか調べてほしいという方。あと糖尿病の治療を受けているが、いっこうにお酒をやめようとしないので受診を勧められたという方。糖尿病でお酒を続けていると低血糖発作で倒れちゃうことがあるんですね。それでなんとか倒れないようにしてきちんと糖尿病の治療に向かってほしいというお願いで来る方もいます。こういった方々は依存症としては重症ではないのですが、このようなことで困って病院に来る方も増えています。
「アルコール依存症に対する薬物療法」使われるお薬としては、大きく分けると3つの種類があります。抗酒剤・嫌酒剤というのは昔からあって、この薬を飲むと体がいわば下戸になって、飲めない体になるという薬です。お酒と一定の距離を取るのに役に立ちます。7年くらい前に「レグテクト」という薬が出まして、これは脳の報酬系に作用してお酒の欲求をやわらげるという薬です。欲求を緩和して断酒をしやすくするわけです。あとは1年半前にでた「セリンクロ」というのは酒量を減らすという薬です。新聞に取り上げられたこともあり、この記事を見て病院に来てみたという方がおられました。こういう感じで患者さんの層も変わってきた感じがしますね。
「断酒教育プログラム(ARP)」というものがあります。アルコール依存症自体は医者が治す病気ではないです。生活習慣病に似たところがあって、例えば肥満を医者が治せるかといったら治せないです。肥満に対する栄養指導とか運動メニューの作成とかは医者でもできるかもしれませんが、実際食事をどうするか運動をどうするかは、全部本人にやってもらわなければ変わりません。お酒についても医療者ができるのは、お酒に関する情報提供とか教育。あとは必要な機関につなげること。治療上必要に応じて内臓疾患とか精神疾患や離脱症状を治療すること、そのくらいです。お酒を止めることに関してはご本人が主体となってやっていただかざるを得ない。ですからあくまでも「教育入院」です。この辺りの誤解がありますと、病院が治してくれる、入院したら治るはずとご家族が過剰に期待することにつながります。地域の保健師さんも病院につなげたら安心して関わりが急にうすくなってしまった方がいましたが、退院したらまた地域での生活が始まるので、やはり継続して関わっていただくことは大事だと思います。
「併存ケースも多様」先ほど併存疾患もあるとお話しました。「気分障害、不安障害・パニック障害、統合失調症、発達障害(ADHD、ASD(自閉スペクトラム症)、認知症、軽度知的障害、摂食障害」等です。以前より増えてきたのか診断が進んだのかわかりませんが合併の方も増えてきたと思います。こういう合併症があることによって集団教育プログラムに乗り切れないという方も出てきています。認知症の方は教育自体が物忘れのためなかなか難しいと思いますし、最近よく話題になっている発達障害の方は集団プログラムにのっていけない。自助グループでのコミュニケーションもうまくいかないということがあります。そのため、集団プログラムを行う一方で、個別性のある指導を必要とする方も増えている感じがします。
「アルコール関連問題~医療にかかる頃には様々な問題が付随~」アルコール依存症には様々な問題が付随していることが多いです。体の病気、心の病気については医師が対応しますが、病院に受診するころには医療の外側に様々な問題を抱えています。家族関係の破綻。犯罪行為等。生活基盤の問題。対人関係の問題。経済的問題。職業問題。大事なのは医療的対応だけでなく広い視野でもって、これらの問題・課題に対応していくことが大事になります。病院だけで解決できる問題ではないですが、医療以外の生活面の様々な問題に対して何も解決の糸口もなく退院していけば、またお酒飲みたくなるのは当然かなと思います。だから入院中にご本人が抱えている問題を少しでも整理する。家から離れ、仕事から離れ、しらふで外から自分の状況を見ることができるこの時間にやることは大切だと思います。これも医療の役割として大事ではないかと考えています。そういう意味で医者や看護師以外にもソーシャルワーカーなどいろいろな職種が多方面から関わるのが大事ですし、これが医療の質を決めていくのだと思います。よってアルコール医療の役割としては、まず診断をつける(状態の評価、病気であることの説明、検査)、治療する(精神療法、投薬、場合によっては入院)、また教育(ARP)、ケースワーク(社会資源の紹介)、家族への支援、といったことをうまくバランスよくやっていくのが求められているのかなと思います。
文責:伊藤