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<11月家族会報告> 30年11月17日(土)午後1時半~5時 23名(17家族) 講師:千葉ダルク職員 トシさん、ワタルさん。 ゲスト:APARI嘱託研究員 高橋洋平弁護士   代表挨拶:今日の講師はお二人と […]

11月家族会

<11月家族会報告>

30年11月17日(土)午後1時半~5時 23名(17家族)

講師:千葉ダルク職員 トシさん、ワタルさん。 ゲスト:APARI嘱託研究員 高橋洋平弁護士

 

代表挨拶:今日の講師はお二人とも家族が居続けてくれて回復した例です。トシさんは違法ではない薬物の依存症でしたがご家族が先に家族会に繋がっています。ワタルさんは結婚していましたが奥さんと子供4人いまして、離婚せずダルク入所者から職員となり、少しずつ家族関係を構築中です。

 

トシ:千葉ダルクについて。設立して15年になります。松戸市に15年前白川が設立した時は反対運動もなくあるご家族が引っ越して空いた家を譲り受けて3年間運営しました。その後社会復帰の必要が出て来た時、交通の便がよい千葉市中央区に移り3年運営。長生郡の田舎に九十九里ハウスという初期施設を作りました。まず素面の生活をするための施設です。3年後今度は館山に南房総ハウスを作りました。ここも初期施設ですが、近くに館山病院がありそこのデイケア施設を利用してデイケアも行えるようになりました。アルコール依存症の方に必要な医療的ケアを受けやすくなりました。約2016年7月に法人として活動を始めました。それまでは民間施設で白川が筆頭である任意団体にすぎませんでした。しかし依存症が社会的に注目浴びるようになり、ニュースになる人もでます。依存症というより芸能ネタとして扱われるようにもなります。それに対応するためには職員体制もしっかりしたいと。そして10月には相模原ダルクと同じく障害福祉サービスの生活訓練も始めました。

トシ:書籍「ダルク 回復する依存者たち」(明石書店 2018年6月刊行)紹介。10人のダルク代表者が執筆しています。ダルクも30年たって様々なタイプができ、第二世代が育ってきています。昔できたことも今できなくなった事もあり、その逆もあります。この本を読むと現在のダルクの全体像がおおよそわかるようにできています。千葉ダルクの責任者白川もその一人で、医療との連携の章を書いています。千葉は幸いアルコール依存症や薬物依存症を見てくれる病院が多くて、色々な形でかかわっていただいています。是非お読みください。

 

ワタル:僕は中南米で育った10代でコカインに出会い、日本に帰ってから覚醒剤に出会いました。一日中体に薬をいれる入れる状態で20代30代を過ごしました。たまたまうまく卒業でき就職も結婚も出来た者です。白川も言いますけど真面目に仕事して真面目に薬を使ってきた薬中です。妻と結婚生活の中でいずれは捕まるとわかっていたんですが、「薬をやりたい」といえずだらだら過ごすうちに捕まってしまいました。なぜバレなかったというと、僕はお葬式の仕事していました。24時間何が起こるかわらないので、口実をいくらでも付けられるのです。

ダルクに繋がるんですが、一番衝撃だったのは代表に治るんですかと聞いた時に、「絶対治らない」と断言されたことです。じゃなんでここに居る必要があるのか。でも妻が絶対ここに入らなきゃと言う顔をしてたので仕方なくダルクに入りました。しかし子供に会えない寂しさや、早く仕事しなくちゃの気持ちに追われて、なかなか共同生活に馴染めませんでした。今でこそ仲間だと思えるのですが、一日中お薬でヨレて寝ている人たちと一緒だったりで生活を楽しめなかったです。3ケ月ほどした時に、外部との連絡を禁止しているのですが、たまたまボランティアか何かで帰ってきた時、事務所に妻や親が来ていました。3ケ月過ごすと本当に病気なんだなと少しずつ分かってきます。「家族のため」という考えもありながら「ヤリタイ」という気持ちもあると認識し始めた所でした。妻にまず聞かれたのは「治った?」と。こっちは治らないなと思い始めたところです、ここで「治らない」などと答えたらどうなるか? その後代表の配慮で少し子供たちと会えるようにしてくれました。それからです、ここが俺の居場所だと思いました。妻にそれを告げた時の顔は忘れられません。僕が逮捕された時の顔と同じ目をしていました。

ダルク職員になった後も、お給料はあまり高いとはいえません。その中から必死こいて仕送りしているんですが、会えばお金がないという話をする。愛ある話なんかとても。じゃ何のために妻と繋がっているのかと、なんとか一から家族を養っていけるようになりたいと思いながら、続けているんですけども、実際家族との関係構築は難しいと思います。幸い子供が僕を好いてくれているので、今は月1、2回、家に泊まって後は九十九里ハウスで暮らしています。ずっと子供の学校行事にはよんでもらえなかったのですが、最近やっとよんでもらえるようになって、少しは見直してくれたのかなと思います。でも全然そっけない感じですよね。あとは両親がいますが、父は少なからずダルク入寮にあたってはいろいろ話を聞いて、家族会に出てはなくても理解を示してくれます。母は全然理解がなくて、未だにお前を産んだ記憶を消し去りたいなんていいます。昔はそんなこと言われたら、あんたに言われたくないよと反発していましたけど、今は何と言っていいかわからないから、ゲラゲラ笑って聞いています。関係の回復はごめんなさいで済む話しじゃないです。弟とは僕の逮捕劇以来会っていません。妻がダルクを見つけてきた理由は聞いたことがないですが、看護師なのでもしかして医療関係でダルクを知っていたのかもしれません。問答無用で入れられました。

ダルクではまずは薬を止めながら、しかし止めるだけでは何も変わらなくて、自分の内面を変えないと。そっちに向き合っていかないと。なんで使い続けるのか、現実逃避が多いのですが、なんで弱い部分を乗り越えようとしなかったのかとか、自分の中で乗り越えないと回復は難しいなと感じているところです。

これを仲間に伝えるのは難しいのですが、幸い共同生活の中ですから。ダルクは好きで繋がった人は一人もいないです、仕方がなく繋がった人ばかりです。じゃ、なぜここにいるのかを、自分の中で消化して行かなくちゃいけないのです。九十九里ハウスは初期施設ですから、初めの3ケ月は本当に辛いです。「何でこんなところに」「もっと俺は」と自分の可能性を追いかけたくなるのですが、「そういう思いは一人じゃないよ」という感じで、少し温かいというか感謝の気持ちがあることで変われるのかな。そんな感じで過ごしています。

 

質疑応答

Q 質問というより感想です。私は看護師で、息子が薬物依存症です。家族会に繋がって自分の生き方を振り返ってみました。看護教育の中で「自分で判断して決めること」を訓練されます。患者さんに良いと思うものを「これ」と決め出してあげちゃう癖がついています。そういうことが息子にも影響したのかなと思います。

 

Q 高橋弁護士に質問。家族が引受人になってもうまくいかないケースが多いと聞きます。古い友人が来てしまったりするとか。法のシステム等で変化がありますか?気をつけなければいけないケースはありますか?

A 出所後必ずダルクに行きますといって服役するのですが、1,2年いると気が変わりますね。ある人は家族が引受人となり家に帰りましたが、恋人ができたと。人がよさそうで礼儀正しくて。調べてみたらその恋人は前の事件の共犯者だった。覚醒剤で捕まりました。もし早く同じ経験をして同じ目線で見られる人たちと相談できたら、違う意見も出てきたでしょう。ダルクの人たちと相談して対応を決める方が良いと思います。

 

Q 千葉ダルクのお二人にお聞きしたいのですが、薬をやめて変わる事は何ですか?

A 施設に入って人の話を聞くことを学びました。施設に入る前は自分のやりたいことが全てだと思ってしまいます。でもそれが誤っていることは、使っている時には気が付かないのです。自分のしたい事しかできなかった。しらふになると考える事ができる。立ち止まれるようになった。それが僕にとっては一番の違いでした。

A 僕も人からの提案には理由なき反発ばかりしていました。最初は「こんなこと意味あるんですか」と言ってたけど、「なんでこの人はこんなこと言うのかな」と考えられるようになった。これは自分の回復にどう繋がるのか考えるようになって。時間がたつと景色も変わって見えます。ごはんが美味しいとか、人と関わるのが面白いとか。僕どちらかというとネクラで人前で話すなんて出来ないと思っていました。ところが話し出すと止まらない自分に気付きました。よく見てもらいたい、承認欲求が強い自分にも気付きました。嫌なことを嫌といえない自分、「良い人」なんですがそれが生きづらさを作っていた。断る勇気を持てるようになりました。

 

Q 引受人が家族で自宅に帰って上手くいった例がありますか?

A 高橋弁護士 多くの支援者の反対もあったのですが自宅に帰ってもらったケースがあります。息子夫婦が薬物で捕まった。二人ともダルクに入れるのは負担が大きすぎる。一人だけダルクに入れるのも残された方が肩身が狭い思いをしてストレスである。二人の学生時代からの友人で、医療関係者で精神医療に深く関わる人がいたので、関わってもらいました。私も気にして毎週ミーティングと称して裁判の話をしにいった。ご飯を食べながら話しているうちに二人で使っていた頃の話をしてくれるようになった。コミュニケーションが復活しました。離れて回復する場合もあるが、キーパーソンがしっかりした人がいる場合は、親と同居しながらの回復もあるのかもと思った例です。それでもし躓いたら、ダルクもいいかなと思いました。

文責:伊藤


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