INSTANCE
実例紹介
【薬物依存症】
RECOVERED
相模原市 W様
【薬物依存症】
【薬物依存症】
QUESTION 01
相模原ダルクと出会ったきっかけは?
薬が当たり前だった人生、孤独と再犯の連鎖からダルクへ
北海道帯広市生まれ。父母が覚醒剤を使用・販売する家庭で育ち、幼少期は悪いことと知らず薬物が身近な日常になった。親の逮捕で犯罪だと理解しても、自身も使用・販売へ進み、快感と金、交友、生活の余裕が「得」に見えて正当化していった。起床時や食前前、就寝前、性行為前などことあるごとに打ち、打たないと何もしない感覚になり、手に入れやすい環境で仕事や会社、出入り減る運営など自由に過ごした。しかし逮捕と服役を何度も繰り返し、人間関係・女性・金銭問題も薬で対応できると過信して家庭より薬を選び、元妻と離別。最後は使用状態でパトカーをタクシーと誤認して逮捕され、視野や判断がおかしくなっていくのを感じていた。刑務所を出所するにあたり一人暮らしを望む一方、一人だとまた薬物を使ってしまうと悟り、孤独や再発の怖さから他人の力を借りようとダルクに来た。

QUESTION 02
ダルク入所後はどんな取り組みをされましたか?
孤独を断つことが回復
ダルク入所後の取り組みとして、自分は「仲間との関係性をつくり、それを続けること」を大切にしてきました。入所当初は人との距離感や考え方に偏りがありましたが、話せる相手や話し合える相手ができ、生活やミーティングの中で自分の我がままに気づき、修正する練習を重ねました。感情を隠さず共有し、衝突しても話し合って関係を結び直す経験が、回復の土台になっています。仲間の死も経験し、つながりの大切さをより深く実感しました。孤独だと再発しやすい自分にとって、「一人にならない」ことが最大の取り組みです。

QUESTION 03
スタッフ(職員)の対応はいかがでしたか?
支えられて乗り越えられた、入所初期
入所当初は右も左も判らず、体も不自由な中で生活していましたが、スタッフが手取り足取り気を配り、親身に支えてくれました。正直ここまでしてもらえると思っていませんでしたが、生活面を丁寧に整ええてくれたと感じています。最初は話せる人・話せない人を区別せず過ごしていましたが、こちらが話したことは必要な範囲で共有され、一つ一つの言葉や問題を整理し、解決へつなげてくれました。そのおかげで自分に過度な不負荷がかからず、安心して生活できたと思います。ちょうどコロナの始まりで不自由も多かったものの、その状況も一緒に乗り越えられたような気持ちです。

QUESTION 04
回復はできましたか?
回復は終わりではなく、続ける道
回復が本当の意味で「できた」とは、まだ言い切れません。回復は一度で終わるものではなく、ずっと続いていくものだとも学びました。ただ、少なくとも以前とは違う行動や選択ができているのは確かです。また、回復のスピードや期間は人それぞれで、早い人もいれば時間がかかる人もいることも判ってきました。大切なのは途中で諦めないことだと思います。その理解の上で、自分は焦らず、ゆっくり進んでいきたいです。今では毎日、諦めずに前に進むことを続けています。「回復できたか/できていないか」と聞かれるなら、今の自分としては「回復できている」と答えられます。

QUESTION 05
依存症で悩んでいる方々に一言お願いいたします。
回復は1人じゃない、共に歩みましょう
依存症だと気付かないまま生きている人はたくさんいます。気付いていても、苦しみながら一人で乗り越えようとしている人もいます。自分は「気付けたこと」を有難いことだと思い、同じ悩みを持つ人たちと一緒に回復を続けています。依存は一人ではどおうにもならないことが多いですが、仲間が増えれば乗り越えることを知りました。生き方を変えるのは簡単ではありませんが、一歩一歩の勇気が大切です。必ず元の生活に戻れると信じて、今日できることから続けてみてください。
