<2022年5月家族会報告>
5月21日(土)1時半~5時 25名参加(19家族) 初参加4名(3家族)
講師:高橋洋平弁護士 (高橋洋平法律事務所 NPO法人アパリ理事 相模原ダルク顧問)
印刷資料「薬物事件の弁護~更生と回復」
弁護士の高橋と申します。法律的手続き的な話では面白くないかもしれないので、今紹介してくれた金田さんの話やほかの人の事例を混ぜながら、進めていきたいと思います。まず自己紹介ですが、最近私はNPO法人アパリの理事になりました。アパリはダルクの兄弟組織みたいなものです。ダルクは当事者の組織ならアパリはダルクを応援する団体です。今年近藤さんが亡くなられて、空きになった理事長に尾田が、空きになった理事に私が選任されました。もともと近藤さんと一緒にやろうと言われていたことがあって、近藤さん自身が「世代交代として若い世代と何かしよう、次の理事の交代の時にね」と言ってくれたまま、体調崩されて亡くなったのですが、アパリで何かやっていきたいと思っています。相模原ダルク顧問という立場もありますが、私が何か教えるというより、いろいろ現場の事を教えてもらっています。
今日の内容は「薬物事件の弁護」「更生と回復の型」といったことですが、まず最初にダルクに関わったきかっけですが最後の写真にあります。奥田保先生が私の師匠でありますが、奥田先生が裁判官として判決を下した被告人の一人が、近藤恒夫さんなんですね。私は弁護士になって奥田先生と働くようになりましたが、それまでダルクのことも薬物依存症の事も正直知らなかったです。先輩方に聞くと薬物事件ってホントに簡単な事件で、だいたいは罪を認めていて判決を出せばいい、一番最初に扱う刑事事件としては簡単なものだという印象でした。ところが研修で出会った被告は、「もうやりません」というけど覚醒剤の事件だけでもう5回なんです。1回2回ならともかく5回とは。聞けば「やめられないんです」というのです。何でやめられないのか不思議に思ったし、悪い奴だからと思うしかなかったのですが。奥田先生は繰り返すならどうして繰り返すのか一緒に考えようとおっしゃっていて、本を読んだり一緒に働いたりする中で、薬物の問題に関わってくるわけです。そしたら簡単どころか答えのない迷宮みたいな所だし、一人一人全く対応も違うことがわかり、これは相当見識を深めなければ出来ないなと思ったのです。
日本の刑事事件のまた刑務所の事例で一番多いのは窃盗なんですが、次は覚醒剤事件なんです。繰り返すから多いのであって繰り返さなければ多くはない。繰り返すのは本人の問題なのか、社会の問題なのか、制度の問題なのか、疑問に思うのです。それを真剣に考えている人たちは多くはないですが、ダルクを応援している人達でした。近藤さんと関わる中でハワイに遊びに行きました。近藤さんは遊び人というか、とても何かを楽しめる人なんです。もちろん仕事もしますし、しながらもとても柔軟な人です。今から40年かそこら前の話ですが奥田先生が判決を下した後に、NAか何かのパンフレットを渡していたそうです。今もそういう裁判官がいるかというと、いないですよ。僕のクライアントに一回目の判決が下りた時に、「もう一回やったら刑務所だよと言われなかった?」と聞くと「言われなかったですよ。弁護士も裁判官も、執行猶予出して終わり、NAも回復施設も教えてくれなかった」というのです。弁護士に聞けば調べればわかるだろうなんていうんですがそれは言い訳で、初犯一回目で執行猶予なら30分で終わるな等と考えているんです。裁判官も判決言い渡しの後に余計なことしたくないと怒ってるくらいです。それじゃ印象に残りません。裁判とは人生の重大事なのに、裁判官はスケジュールをこなそうとイライラしている。そんな時代に奥田先生はあえて時間をかけて、被告人に声をかけていた。本来優秀な裁判官で本当なら最高裁までいける先生だったのですが、実際最高裁長官になった先生が次は奥田保だと言っていたのですが、そのようなエリートの道をえらばず、弁護士になりダルクを応援したいとされた。間違いの始まりは近藤恒夫に判決を出したことかもしれませんが、むしろやりたい事を見つけられたのですね。奥田先生がなくなられたのが5月31日で(2018年)命日に近いので特に思うのですが、奥田先生に出会わなければ私はダルクに関わる事はなかったと思うのです。
近藤さん自身がユニークな方で私の遊びの師匠です。でも話は非常に真面目で。ダルクで海外研修にいきますが、それは遊びじゃなくて本当の研修で、海外のリハビリ施設やドラッグコートや刑務所を見たりします。こういう場合ふつうはハワイの州政府と交渉して実施しますが、近藤さん自身がNAの友達がハワイにいて結構偉い人になっていて、その人にコーディネートしてもらって、刑務所から裁判所から案内してもらうのです。現地の新聞に日本から研修団体が見に来たといって載る。それをみて現地の日本大使館がわざわざ挨拶に来たものです。普通は日本政府がハワイ政府と交渉してコーディネートするものですが、それを近藤さんはお友達の力で実現しちゃった。ダルクの活動は政府に何かしてもらうのではなくて、自分たちでどうにかしようとして作ってきたもので、NAという世界的なネットワークを使ってやる。自分たちのことだから真剣だし、もちろん遊びもするけど、NA仲間の絆も深くなるわけです。オーストラリアではリハビリ施設をみましたが、30年くらいオーストラリアで働いている仲間が立ち上げて、政府に意見も言えるくらいに成長していて、その方の案内で見せてもらいました。研修を受けながら思ったのは、自分たちの回復の問題なので真剣だし、本当に変えようと思っている。とても刺激を受けました。近藤さんと出会ったことで、薬物問題や政策に興味をもてるようになりましたし、面白くなりました。
そういった流れで出会ったのが、先ほど紹介してくれた金田さんです。ヒデさんが相模原ダルクを作ろうとした時に、たまたま出会ったのがお酒飲んで暴行事件で弁護した金田さんでした。一回目は普通に弁護して終わって、2回目は今度は居場所がないよということで、ヒデさんが入寮者を募集していたところなので紹介して。その後見学に行ったらカレーライスをごちそうしてくれて美味しかったなと。良い人を紹介できたなと思っていたのですが、本人の思いはまた違っていて、本人はダルクに居ながら仕事もしたいと。もともと仕事が出来るしかなり稼げる人だし、でもプログラムもしなければいけないし。その点はヒデさんとも話し合って、ある程度プログラムをしたら仕事していいことにしようと。3か月ぐらいでしたか、明日から仕事ということになりヒデさんと金田さんと一緒に食事をして送り出したのですが、出たとたんに会社の歓迎会か何かでお酒で暴行事件を起こして捕まったと。早いなと思いましたけど。それまでは喧嘩の事件で前と同じでした。ちょっとくらいのお酒ならと思ったのですが、全然ダメで、本当に飲ましちゃいけないということは関わっている中でわかってきました。会社の方も事件は起こしたけど待っていてくれるという事になりまして。
ところが今度は、覚醒剤で捕まるのです。正直僕は覚醒剤だとは思っていませんでした。本命は覚醒剤だという事がわかり、さぞかしすぐ入寮するかと思ったら本人は「嫌だ」というのです。もう戻りたくないという思いが強くて。ヒデさんも「自分で卒業したんだから自分から戻りたい、助けて下さいと言わないと、引き受けない」というわけです。説得してくださいと言っても応じません。それは確かに間違いではないけど。ヒデさんは本人が戻りたいと言わなければ受け入れない。金田さんは戻りたくないと。ヒデさんは「接見も勝手に行くな、来てくれと言われないのに行くのはおかしいでしょ」という。困ったなと思っている時に、金田さんから呼ばれてきたのが相模原警察です。そこで本人の薬物の履歴など聞いて、見通しを伝えて説得というか戻った方がいいんじゃないのと言って、それで金田さんが手紙書いたりして、戻りますということになったのかな。その後私が熱心に関わったかというと、あまり関わらずもう任せたんですね。最終的にはヒデさんが関わって出所後の引き受けをするという段取りになりました。金田さんに来てくださいと言った会社はどうなったかというと、社長もトラブルが多くて、戻ったとしてもまた捕まるような流れでしたけど。ターニングポイントは、本人としては仕事をしたいお金も稼げる、会社も来てくれという中でダルクを選択するのは難しかったわけで、その他に諸問題もあって満期になっちゃったんですね。それでもダルクに来たと。そういう金田さん自身の選択が、その後の人生を変えたと思うんですね。
こういった姿を見ていて思うのは、周りはいろいろ考えたり声かけたりするんですけど、最終的には本人が覚悟決めて入って、その中でプログラムをやらないと、なかなか変わらないなと。私が出来るのはキッカケを作る所ですね。そのためには情報提供、ダルクとはどういう所なのか、どんな人がいて何をしているのか、正しく伝えていくのが役割かなと思います。一時期はけっこう説得をしたのですが「嫌だ」とか、「自分には必要ない」とか「仕事します」とかいう人が多いのでやめたのです。人は天邪鬼で、勧められると嫌なんですね。行かなくていいというと行きたくなるんですね。「君はもう立派だからダルク必要ないですね」と言うと、「いやいやまだですからダルク必要です」と言いだしたりします。そういうやり取りをしながらダルクに勧誘しています。回復のプロセスは人それぞれですし、ダルクを利用するもしないもそれぞれです。事件を起こして困った弁護士が必要だという時、薬物問題で事件を起こす人は適切な関係でダルクに関わることがその人の人生をよくするかなと思います。
アパリ(APARI)というのは司法サポートといって、捕まった時をチャンスとして回復プログラムに繋げる仕事をしています。やはり、裁判の時はダルクに行きますと言います。そうすると刑が軽くなる可能性があるからです。刑が軽くなって刑務所に行きます。その後に本当にダルクに行くかどうかは別問題で、いい判決だけもらって後は知らないよという人が結構いるんですよ。お節介かけて手紙や面会で行った方がいいですよと伝えたとしても、いいですよとか。人によっては悪口いったりもします。この間も刑務所に行きましたが、ダルクに行った方がいい理由を説明しました。メリットもあるがデメリットとして1,2年は自分の自由がなくなることもいいます。すると「仕事をしたい、友達と遊びたい、あちこち行きたい」とか言います。「それは無理だよ、それやりたいならダルクに行かなくていいよね」と。ダルクに行ったらこういうメリットがあるよとじっくり話したら、最終的には行きたいといってくれましたが。これだけは言えるのは「助けてほしい」と言える人もいるし言えない人もいる。それは関わりの中で本人がどうしたいかをきちんと聞きだす事だと思います。人は人生を良くしたいと思っていると思うので、話しているうちに前向きな姿勢もでてくるものです。ともに歩んでくれる人がいる場所を紹介するということが、その人の人生にマイナスになることはないと思っています。
ただ行ってみて違ったという事はあると思います。違うと感じることがあるなら、違う道に行けばいいことなので、もう12年位付き合っている人がいますが、ダルクを3か所か4か所くらい行ってます。人が変わるには出会いもタイミングもあります。何が良いか悪いかは正直わからない所ですが、1か所目が合わなかったとしても、そこがあるから2か所目で落ち着くんですよね。3か所目は1年居たと。1か所目でうまくいく人もいるけど、1か所ダメなら全然だめということではないのです。その人自身が「助けて」を出せた時に、ちゃんとキャッチする仲間がいた時に、人は変わっていくものですね。2か所目にもなれば本人も真剣です。真剣に関わるスタッフも増えてきます。事件を起こしてトラブルを起こしていくほど、関わりも深くなる。
ただご家族としては事件やトラブルが起こるたびに振り回されますね。振り回されれば良くなるかというとそうではない。精神的にも経済的にもダメージが深くなります。僕はご家族が振り回される限り良くはならないと思います。振り回されるのは支援者の方がいい。ご家族はある種嫌われ者になったぐらいが、回復のためになると思いますがね。家族が犠牲になっている限り、本人は全く困りません。悪循環になるだけです。何らかの介入があった時は、家族は離れる必要があると思います。思いまでを手ばなす必要はないのですが、介入した第三者に任せることも必要なんではないかと思います。弁護士としてその人の人生に関われるのはほんのわずかな時間です。大切なのはその10年後に寄り添ってくれる人は誰なのか。やはりダルクの人達であり、仲間であり、家族であろうと思うのです。
薬物事件について。覚醒剤、麻薬、大麻、危険ドラッグ、シンナーなどがあります。刑の重さで言うと、覚醒剤は上限が懲役10年。麻薬が7年、大麻が5年、危険ドラッグが3年。シンナーが1年くらいかな、罰金とかもありますけど。薬物事件の弁護「更生・回復の型」です。これは薬物使用を認めてやめて、回復していくパターンです。その人が薬物を止めて人生を変えていくわけですから、弁護士は裁判の中で気づきと動機付けを与えていきます。裁判やる時間をなんとなく経過していくのは勿体ないと思います。弁護士はある種シナリオ作家のようです。家族にも取材して家族はこういう思いをしたのだという事を裁判で発表します。警察は事件の経過を突っ込んできます。流れてとしては「起訴→裁判→保釈→病院・ダルク」
薬物事件の弁護「否認の型」もあって、こちらはやってないと主張するパターンです。ご家族にもそう主張する方がおられます。裁判ではやっていない事を争います。それにはダルクの関わりがないわけです。本人自身が裁判でやっていない事を明らかにする。本来は刑事事件で一番熱い所は無罪を勝ち取る事です。弁護士として一番獲得したい結果は無罪です。そうすると使用を認めている場合は冒頭の先輩が言ったとおりに一番簡単なのです。
しかし薬物事件では本人がどう更生・回復していくかが難しいのです。「更生・回復の型」ですが、3つくらい考え方があります。「反省・仕事の型」「ゴメンナサイと反省して、とにかく仕事頑張る」という型。従来型です。ところがこのパターンはまた覚醒剤やって捕まるんです。反省だけでは何が足りないのかというと、薬理作用、依存症的な側面で繰り返してしまう事へのケア、対応ができていない。そこで「治療・回復の型」を加える事が必要だと思います。治療といえば病院で認知行動療法を受けたり、回復といえば12ステッププログラムを受けたりして、繰り返してしまうことに取り組んで、治していこうというアプローチです。この10年位、弁護士も裁判所もいろんな方が意識するようになってきて、依存症について社会的認知もされるようになってきて、病気なので治療リハビリをしていきましょう、という流れになってきています。裁判の段階でなぜこれをアピールするかというと、一つには刑が軽くなる恩恵があるので本人も乗り気になりやすいから。しかし裁判の後にはどこかで始めなきゃいけないのです。始めるきっかけとしては、ただ勉強しなさいというよりは、テストがあるからという方が、目的がある方が勉強に入りやすいからです。というわけで捕まった場合は、裁判を意識してやるのが始めやすいのではないかと思います。ただやってみて両極端で、意味がないという人もいますし、とても参考になったという人もいます。こういうのを受け入れる力も、その人の能力なのかなと思います。必要がないと感じたからといって、その人がダメなわけじゃなくて、どこかで気づく時が来るのだろうと思います。
三つ目として「生き方・生活の型」とありますが、ダルクに入所するなり病院に入院するなりすることが必要ですが、もう一歩何のためにこれをするのかという事です。その人の生活をよくする、自分らしい生き方をできるように、という目的があると思うのです。大きな視点として「その人が健康で元気な生き方をできるのか、自立した生活ができるのか」という点が重要かと思うのです。オーストラリアで「ハームリダクション」という言葉を聞いて勉強しました。確かにハームリダクションはある特定の考え方です。私が思うのはその人が健康的な生活が出来るのが大事だという考え方。憲法でも「健康で文化的な生活」とうたわれています。そこでは薬物を使う、使わないというより、必要として使ってしまったとしてもだから罰を与えては傷つくので、そうではない方法を考えようという発想です。「もちろん反省していて、仕事もしたいと思っている、でもその前に必要なプログラムをうけたいのだ」と。生活の質をよくするという発想を持って関わる、これが大事かなと思うのです。どこに行けばそれができるのかなと思うと、それはやはりダルクだと思うのです。
「更生回復の型」で弁護活動をしていますが、なかなかうまくはいきませんが。でも基本的にこういう型を否定する人はいないと思うので、私ができるのは上から押し付ける事はできないので、一緒に楽しみながらやる事かなと思います。その場所としてのダルクを私も必要としています。仮にダルクに入らなくても、何かトラブルを起こした時に弁護士が必要なことがあります。その時関わってくれる人を5人くらい作っておけと言っています。何かあった時に助けてくれる関わりのある人。ダルクに来るとそういう関わりを持ちやすいと強調しておきます。ダルクに行く行かないにかかわらず、薬物を止めるか止めないかに関わらず、自分自身の生活をよくしたいという思いは誰しも持つと思うので、共感してもらえます。
家族とともにやりたいこと。
1 薬物問題(依存症等)を少し勉強すること。一緒に勉強したいです。医者でも精神保健福祉士でもないですからそこは自覚しなければいけないですが、専門外ですから何も知りませんとは言えません。日々勉強させてもらっています。家族教室にもあちこち参加していますが、なぜ参加するかは、一つには相談の垣根を下げることと、もう一つは勉強するためなんですね。家族の悩みを聞くこと、こういう所に悩むのかということを勉強することができます。
2 目の前の問題(ありのままの現実)を(少しずつ)見ること。ある事件の方で、家に本人が立てこもって相当暴れまくっていた。それが事件発覚して逮捕されました。やっと家を出て行った。すると家族が私に要望したのは「前科をつけないようにしてくれないか」と。無茶な要求です。ようやく外に出まして裁判になる。一回目だから執行猶予ですが、そこで前科を付けないようにといわれても無理ですよと言ったら、「あきらめるのですか」と言われて。ネットで見たらこういう事案があったから同じようにやってくれと。いや同じようにしたら家に帰っちゃいますよ、それでもいいですかという話です。両立しないこともあります。優先順位はつけなければなりません。身元引受人にサインしてくれますかというとイヤだという。じゃあどこに帰ればいいのでしょう。こういったやり取りをしながら現実に気づいていくことです。
3 良い支援者に出会って(少しずつ)相談すること。こういう状況でもちゃんとアドバイスしてくれる支援者に出会ってほしいですね。
4 本人とは適度な距離感を(少しずつ)保つこと。家族としては家に帰ってくるなとは伝えたくない。本人が怒るから。帰ってきてほしいけどダルクに行ってほしいとう気持ちですね。結構難しい話で、本人がプログラムの必要を認めているのならいいですが、本人は認めず執行猶予ですからすぐ仕事するんだと言っている人。家族は家に入れたくない。でもこれは無理なんですよね。何故無理かを勉強する所から始まりますね。まあ勉強というより実体験で分かってくる事なんですが。それに拍車をかけて難しいのが、関わっている支援者側の人たちが、病院の医師や看護師ワーカーの場合「本人は家に帰りたいと言っているので、家族を説得してくれ」と言われる事があるんですね。弁護士として「家族は嫌だと言ってますよ、家でさんざん暴れて逮捕されたんだから、帰ってきていいという家族いるわけがないでしょう」というと、「何で家族が面倒みないかわからない」というのです。今面談もオンラインですよ、画面の向こうに本人と医者や看護師がいる、そこに向かって「精神科の医師ならわかるでしょう」というのですが。本人がいる前で話せないから別に医師と話したのですが「本人は家に帰りたいというから」というわけです。やはり依存症に関わっている支援者だから、すべてがダルクに行かせようとは思わないのです。それは「本人の意向」を中心に考えるからなんですね。家族はいつまでも温かい場所にしておきたい。そうすると他の選択肢は思い浮かばない。また本人を説得してくれと言われてもなかなかそうは出来ない。最終的には家族が明確に拒否すると言ってもらわないと進まない所だと思うのですが。ご本人は「家に戻れないなら俺はホームレスだ」と言いました。でも日本では一定程度支援を受ければ生活保護を取ってホームレスにはならないんです。支援を拒否してホームレスになるのは、それも人生かもしれませんが。まして病院に入院している人は支援を受けやすくなっています。本人からすれば実家でなければホームレスだと二択しかない。選択肢が可能性がいろいろあるのに、医者も病院も適切なアドバイスしない事が問題だと思いますね。
5 一人で悩まずに(全部でなくても)みんなで考えること。ご家族は他ではなかなか悩みを言えないと思います。共通する悩みをもつ家族どうし、相談したり助け合ったりすることが大事だと思います。
6あきらめないこと。ダルクにつながるとか目先の目標設定も大事ですが、何をあきらめないかというと、本人が自分らしい生活をする事を目標とすれば、あきらめる必要はないですし、本人もあきらめてはいないはずです。必ずできると思いますので、あきらめないでほしいと思います。(以下略)
文責:伊藤