<2020年11月家族会報告>

11月21日(土)1時半~5時  25名参加(18家族) 初参加6名(3家族)

講師:高橋洋平弁護士「薬物事件の弁護術~更生と回復」(高橋洋平弁護士事務所、アパリ嘱託研究員)

パワーポイント使用。 印刷資料あり。

 

私は東京の新宿で弁護士事務所を開設しております。普通の事件も扱いますが、薬物事件を扱うことが多く、相模原ダルクでも顧問弁護士を務めています。田中代表とのつながりは、隣にいる金田さんの弁護をしたのがきっかけです。今はとてもスーツが似合う男になりました。金田さんが回復して、現在ダルクで仕事をしている。こうなる道のりの中で、私が金田さんの弁護をするという形で関与することができて、今思うと、私の方こそ感謝申し上げなければいけないですね。

今日お話しする内容は「薬物事件の弁護術~更生と回復」ということですが、家族会ですので、家族向けに、弁護士がこんなことを考えながら薬物事件の弁護しているんだという点をお伝えしたいと思います。

「薬物事件」というと、やはり覚醒剤事件が一番多いですが、その他にも、麻薬、MDMA、LSDやコカイン。最近割と多いのが大麻です。最近は減ったけど危険ドラッグ。まれにシンナーもあります。

「弁護術」というのは、最近の人気アニメにあやかり、“全集中の弁護術”と銘打っていきたいと思います。これには、二つの型があって、「更生・回復の型」と、「否認の型」があります。後者は「やってないぞ」と争う方向であり、どちらかというと、本来の刑事弁護は、「否認の型」が中心に語られるのですが、ここでは「薬物事件」の中でも、家族向けということですので、「更生・回復の型」ということで、「やってしまい、すみません、じゃあ、どのように更生・回復を目指すのか」ということを中心にお話をしたいと思います。

 

ここで、薬物事件の流れの確認ですが、まず覚醒剤なり大麻なりを使って持っていて逮捕される。逮捕され勾留される。起訴され裁判になるという流れです。家族が最初に連絡を受けるのは逮捕された時が多いです。警察から逮捕されましたと連絡があると家族はどうしようと戸惑うわけです。起訴された後、審理を経て判決が出る。判決は執行猶予ですぐに外に出られる場合と、実刑となって出られない場合があります。無罪という場合もありますが、認めている薬物事件では無罪はありません。

 

逮捕された場合、私はまず本人に会いに行きます。本人から話しを聞きます。すると「自分はやってもない。それなのに検査で陽性が出るなんでおかしいじゃないか」というように、本人が認めない場合があります。では「なぜ陽性が出たんだ???」という疑問に弁護士という立場上“全集中”で本人の話を聞いていくわけです。すると「実はやっちゃったんです」となる場合もあります。その場合は「じゃあ、どうしていきたいか?今までどうしてきたのか?これからどうしていきたいのか?」こう聞きながら、「リハビリ施設とか病院とかで治療しないか?」といった話をします。本人はやはり「早く出たい」「自由にやっていきたい」というのが多いですね。

これに対して、家族はどうか。とにかく「反省してほしい」という家族が多いですね。家族は「またやった?」「なぜ?」とか言いながら、「何と言っていますか?」「反省していますか?」とよく聞かれます。家族としては本人から「反省している」という言葉を聞いて安心したいのかもしれません。しかし、「反省している」という言葉を聞いて何が変わるのか。何も変わりませんね。もちろん、本人は「逮捕されてマズイことをしたな」とは思っていて、そう思わないよりはマシですが、それだけと言えばそれだけです。家族としては「もう二度と事件を起さないように「反省している」という言葉を聞いて安心したい」「反省しているのだからもうやらない」と信じたいのだと思います。それでも何度も繰り返してしまうのが薬物事件の悩ましさであり、私がここで話題にしたい「薬物事件」なのです。

従来型というか、今でも多いと感じるのは、反省してもう二度とやらないと誓う本人と反省と謝罪を求める家族の図式です。しかし現実では覚醒剤事件の再犯率は6割超です。再犯に至らないまでの再使用はもっと高い率です。繰り返すのは反省が足りないのではなく、反省してもやめられない現実を知ることだと思います。これをどうしたらいいのか。反省だけではダメで、それにプラス何をするのかを、考えなくてはいけないのです。

例えば友達に誘われてクラブに行った人。「楽しい雰囲気の中で、これいいよと誘われて、クスリで爽快感を味わった。たまたまその日が摘発デーで運悪く捕まってしまった」というケース。「もう二度とやらない」と言っている。これはクスリというより交友関係に問題があるように思います。反省が必要なケースです。

例えば10回捕まった人。こよなく覚醒剤を愛する人です。服役合計30年にわたるベテランですが、「今度こそ本当にやめようと思う、だから次は大丈夫だと思う」「出所後一日だけ死ぬほど使って、これを最後にやめる」と言っている。私が「前の出所後にも同じことを思ったのでは?」「だからまた捕まったのでは?」と質問を投げかけると、「いや、あれは最後じゃなかった」と。こうなってくると家族も本当に大変ですね。本人の反省といっても程度はこんなものなんですね。確かに「最後に一発だけ使ってやめよう」というのは本人にとっては重大な決意なんですが、この「最後」が「次こそは」「次こそは」「次こそは」と引き延ばして、結局は永遠に「最後」が来なくなってしまう。だから全然大丈夫じゃないのです。

 

私が本人にアドバイスする中で、人生の選択肢を増やすために、相談先を増やすことを、困った時に助けてもらえる先を増やすことを、考えてもらうようにお話します。自分自身の人生のあり方を含めて考えてもらうように。

たとえ本人が“全集中”で本気の「反省」をしたとしても、クスリがとまらない人がいる。そんな人には「反省」ではなく、「回復の型」をお勧めますね。どういうことかというと、本人が「反省」していると、家族も本人の反省の態度に心から安心し大丈夫と思ってしまう傾向がありますが、これだけでは不十分です。これを「反省の型」ということにすると、これの発展型ですが、「反省」した上でちゃんと「仕事」につけば大丈夫という「反省+仕事」ということで「反省・仕事の型」もあります。これは非常に多いです。もちろん、これで立ち直る方もいると思いますが、「反省の型」や「反省・仕事の型」を3回も4回も繰り返しているとなると、さすがにこれらの型ではなく、なぜこれだけ繰り返すのか、専門的なプログラムを受ける必要があるのではないかということになります。繰り返すから捕まるわけで、逆の言い方からすると、やめられないから捕まるわけです。なんでそうなってしまったのかについて根本的な部分から、例えば、精神的なメンタル的な傾向とかを考える必要があると思うのです。病気とか障害とかまでいかないまでも精神的なメンタル的な傾向があるのです。いつもとにかく忙しい人、お酒やギャンブルでストレスを発散したい人。通常は合法な物でとどまるのですが、さらに違法な物に進むと逮捕されてしまい、人生が180度変わってしまうのです。違法な物に進む前に何とかできたらいいですよね。

ですので、本人の傾向とか資質をよく見る必要があると思います。この人の資質的にはどういう傾向があるのか、どのような問題を抱えているのかなど。ただ、注意するのは、こういう人だからダメなんじゃなくて、それをいかに個性と捉えられるかということだと思います。他人がしないことに興味を持ったり、好奇心を持ってしまうとか。おとなしくて行動力のない人からすればうらやましい資質ですね。人がダメということでもやり続ける力、行動力は本当にすごい人がいる。他の人がやらないチャレンジをできる人。この意味ではとびぬけた個性の人ですからこれをどう生かすか。正しい軌道に乗ることができればぽんと背中を押せばずっと先に進める人でしょう。方向を変えるためのプロセスを是非ともダルクで体験してほしいと思いますね。

 

薬物事件はほとんど起訴されます。起訴する検察官が意識していることは、起訴して刑罰を与えることで嫌な思いをすればもうやらないだろうと。事件が減る、それが社会の安定につながるだろうと。それでも減りませんでした。厳罰主義でこの20年やってきたのですが、それでも再犯率は6割超。そろそろこのままではいけないと気がつかないといけないですね。どうでしょうか、回復を真剣に頑張る本人については刑を軽くするとか。現状でも起訴された後、保釈といってお金を担保に本人が出られる方法があります。通常の場合、保釈されると自分の家に帰る。ただ、そこは今まで薬物を使っていた自分の家だからよくない。だから、保釈中はダルクに入寮し、頑張る姿を裁判で評価してもらい、それを判決に加えてもらう。このような工夫をしながら弁護士は裁判官にアピールして刑を軽くしてもらう方向、可能であれば執行猶予に!という流れを進めていくのです。

ただ、人生って裁判で終わりじゃないですよね。もちろん、家族としては「執行猶予がとれた!やった!!良かった!!!」と思いますが、でもこの後の人生をどう進んでいくかすごく重要だと思います。実は、先週“全集中”で弁護して何とか執行猶予5年を勝ち取りました。めったいにない判決だと思います。ふつう前の事件から10年以上たっていないとなかなか再び執行猶予にならないのが実情ですが、そんな裁判所の運用があるのです。これは検察の求刑にも対応しているものですが、例外的に軽い刑にする運用もどんどん認めたらよいと思います。執行猶予になると本人も家族も本当によかったと思い、ダルクで一生懸命プログラムをやって回復していく流れに取り組む人も増えるでしょう。しかし、実際は、これは本当に悩ましいところですが、執行猶予を獲得した本人としては、もうダルクが嫌とか言い出し、判決が出たその日はダルクに戻りますが、翌日「私はもう家に帰ります」とか言って次の日に出ちゃう人もいるのです。ダルクでプログラムに励むからということで執行猶予をもらっておきながらちょっとズルいという思いもあります。このあたりが弁護士の限界なのでしょう。判決が出るまでが弁護士の仕事だから。本人も家族も執行猶予をもらいたい。とにかく必死にプログラムをやる。「更生・回復の型」で全集中。しかし、判決で執行猶予になった途端、翌日ドロンするのはどうかと思ってしまいますよね。このようなケースの場合、家族により対応が分かれます。家族が受け入れてしまうパターンは「刑務所に入ってもらいたくない。今度こそ大丈夫じゃないか。本人が帰りたいというからいいじゃないですか」と。家族会にちゃんと出席している家族なら拒否しますね。なぜ断るかというと、かつての生活に戻るからです。また同じ環境に戻れば、また家族は大変な思いをする。そのことを理解しているからちゃんと断れる。それは家族も相談できる相手や家族会があるからなのでしょうね。「更生・回復の型」は弁護士だけじゃ成り立たない。弁護士も一応入るが、本当に大切なのは本人と家族と支える支援者(リハビリ施設や家族会)です。せっかくダルクにつながったのに帰っちゃう。だからこの人の人生はダメだとは私は思わないけれども、せっかくチャンスを得たのだから最後まで頑張ってほしいですよね。ただ、ダルクに行かなかった人がみな再発するとは限らないので、選択した自分の人生をしっかりやってほしいと思います。それでもダメだったらダルクにまた来てみたらいいと思いますね。

ただ家族はちょっと辛いだろうと思います。私はよく家族会に出ていますが、そこで勉強することが多いですね。家族の対応でちょっとわからないのは、あれほど振り回されて困っているのに、いざ本人が目の前にくると受け入れて家に入れたり、ご飯を食べさせてしまうとか。これは理屈じゃないですね。愛情があるからでしょうね。だから家族なのかなと思ったりもします。そういうことは家族会に行って悩みを聞かないとわからなかったです。「なんでそんなことをするの」と言いたくなりますけど、先日もつい言ってしまいましたが、でも家族は本人のためと思ってやってしまうのですよね。家族の本人に対する対応は本当に大事です。家族でも、本人の言いなりになる家族と、本人を支配してコントロールしてしまう家族とがある。どっちもうまくいかないです。ある程度距離を置いて適切な距離を保たないと。繰り返し薬物で捕まるケースは、本人の資質や家族とのコミュニケーションの問題があると思います。家族だけで対応するのは不可能ですね。不可能を認めることが始まりです。是非こうした家族会につながって相談してほしいですね。ロードマップを作っても最終的にその道を歩むのは本人と家族です。家族としても本人にどう対応するかは相談しながらやるべきです。他の家族と同じことをすればいいものでもない。本人の能力も資質も違うのですから。私は弁護士なので精神面やメンタルのことがわかる専門職ではないです。そうすると重要なのはダルクのスタッフですね。なぜかというと、日本には多くのダルクがあり、日々本人や家族の相談に乗っているからです。しかも、様々な機関とのつながりがあり、電話一本で動いてもらえるネットワークがある。しかもちゃんと動いてもらえるのが何よりもよいですね。私もダルクと関わりながら日々ネットワークを広げるように勉強させてもらっています。

 

「更生・回復の型」ですが、だいたい初犯の薬物事件は裁判で執行猶予になることが多い。実刑になるとこれまた大変ですが。このように初犯は執行猶予でほぼ決まりですが、2回目からはほぼ実刑で刑務所に行き。2年とか3年とか長くなる。人の気持ちは変わりやすいから、裁判の時にダルクに行くと言っていてもそのうちダルクに行く気がなくなりますよね。「刑務所で何年も我慢して、出たらまた施設かよ」。そうなるのが普通です。だから判決が出た段階でダルクにつながったからよかったと思ってはいけない。その後は受け入れ側の施設でどのぐらいおせっかい焼いてくれるかによります。家族としても家に帰ってくるよりもダルクにつながるように仕向けないと。そうするためには家族会に参加することが必要だと思います。

ほとんどの薬物事件の対応としては、執行猶予か実刑の瀬戸際にある事件ではなおさらですが、起訴後に保釈を取り、ダルクに入寮してもらうなどして「更生・回復の型」にもっていきます。よい情状があるとアピールするわけです。

ただ、ごくまれに起訴されずに逮捕勾留を経て20日ほどで釈放されるケースに出会います。これは「否認の型」の対応ですが、弁護士としては否認させて起訴されないようにする手もある。誤解のないように言いますが、ウソをつかせることではないのです。事実をうまく語ってもらうのです。すべての事件でうまくいくわけではないですが、「否認の型」の目指すところは起訴されないこと。何故かというと起訴されると99.9%は有罪になってしまう。だから起訴されないことが大切なのです。ただ、このやり方では否認であり認めないからリハビリ施設に行くことはない。ただ、私はこれを否認していてもリハビリに行けるようにしたい。起訴されない方が早くリハビリ施設につながりますから。「更生・回復の型」では結構時間がかかる。刑務所に行ったら2年から5年です。今すぐにリハビリ施設に行くためには起訴されないことが重要ですよね。

そんな「否認の型」と「更生・回復の型」の良い所どりができないかと考えたのが、超早期「更生・回復の型」でしょうか。例えば「更生回復をめざしていますからと、検察官に起訴猶予をお願いする。リハビリ施設に行くと言っていますから何とか起訴しないでください」と。覚醒剤ではほとんど無理ですが。先日大麻の事件でこれをやってみたのです。「本人は反省しており、真面目に大麻と向き合っています、だから起訴しないでください」と。笑われるかと思ったら、意外にも「とてもいい意見ですね」と。言ってみるものだなと思いました。本人に反省文も書いてもらいました。検察官も本人の話を聞いて考えましょうと。結果、検察官は「本人を信じます」と言ってくれました。「真剣に考えているのがわかったから、信じます。不起訴にしましょう」と。本人には事前に事実をうまく語ることができるように特訓しました。ウソは絶対にばれるので本当のことをちゃんと伝える。コミュニケーション術でもあります。こちらの言いたいことではなく、相手の知りたいことをうまく伝えるのがポイントです。検察官の心をどうすればとらえられるか。検察や警察の悪口を言っても相手は怒るだけです。まず「ごめんなさい」を言う、それをどう伝えるかです。気持ちが熱いうちにつながるといいですよね。早い段階で「更生・回復の道」に入ってもらい、確実に社会復帰してもらう。しっかりやってもらいたいなと思いますね。

実際にはこんなに上手くいくことはあまりないんですが、でもご家族もあきらめないで、タイミングをうまくつかんで、来たときは一点集中で当たってほしいです。なかなかうまくいかないと悩むご家族が多いですが、チャンスは必ずありますので、その時つかめるように準備をちゃんとしておくことが必要なのかなと思います。

「否認の型」だと裁判で争うことになるので、結構時間がかかります。その挙句に刑が重くなることもあります。でも本当にやってないこともあるので裁判で争う必要はあるのです。ただ、裁判で徹底的に争うとなかなかその後ダルクにつながらないという問題があります。その場合は次に捕まった時こそ「更生・回復の型」に乗りましょうねと言います。ご家族にも次だねと思ってもらえれば。今捕まったのだから今何とかして、という気持ちはわかりますが、今は次の結果へのプロセスですから、次こそ逃さないようにと言います。

 

最近の新しい制度として、刑の一部執行猶予という制度があります。かつては全部実刑、全部執行猶予、二つしかなかったのですが、中間形態として一部を実刑、一部を執行猶予という判決が出せるようになりました。平成28年6月からです。なぜそういうことになったかというと、刑務所に行っても再犯率が高いからです。6割とか年齢が高いと8割とか。それを減らすために、刑務所を出た後も執行猶予の判決があるためにその期間に保護観察をつけることができ、それで再犯防止をしようという話なのです。以前なら懲役2年6ヵ月にするという判決が、そのうち6ヵ月の執行を2年間猶予すると。すると刑務所2年行った後、執行猶予の保護観察を2年間つけられるから、刑務所と保護観察の合計で4年にわたりその人の再犯防止に関われるということになります。この制度は法務省のプログラムです。ホゴちゃんていうペンギンのキャラクターご存じですか?「社会を明るくする運動」なんてポスターが張ってあって、マスコットがホゴちゃんってペンギンなんですが、あれはコウテイペンギンをコウセイペンギンに引っ掛けてるんです。法務省ですから目指すところは「更生」なんですね。本来は本人が更生するものですけれど、役所がやると本人に更生を押し付けることになる。ペンギンも法務省という役所に雇われて更生をさせられている感じに見えてしまいますね。

今回、私は「更生・回復」と並べていますが、よく考えると、更生と回復はそれぞれ意味が違うと思います。まず回復は誰かにさせられるものではなく、自分でしていくものだからです。誰かにさせられるものではないのです。そういう意味ではダルクに行って回復、それは自分でしていくものです。依存症は病気でありまさに病気から立ち直るのは回復です。主体的にやっていくものですね。他方で、違法なものを使うのは犯罪です。犯罪から立ち直るのは更生です。更生は誰かにさせられているイメージが強いように感じます。そうすると、薬物依存は犯罪でもあるし病気でもある。だから更生も回復も必要だということになる。現在の法制度の大きな矛盾点につながるのですが、犯罪として捉えると回復の道のりがダルクとは全く違ってくるのです。法務省は更生の道のりとして考えていますが、だから受け身的な方も多いですが、ダルクでやっているのは、更生ではなく回復のプログラムです。参加者は自分で主体的にやらなければ意味がないと思うのです。

 

回復を考えるにあたって、依存症からの回復の道がすべての人に当てはまるかどうかという点も慎重に考える必要があります。その人が生きていくことに関わることなので、視点を大きくとらえた方がうまくいくこともあります。病院やダルクを利用しなくていいよと言っているのではなくて、ダルクでもうまくいかない人がいるのが現実です。それでも家族がダルクに行ってほしいという場合、視点を変えるか順番を変えた方が、例えば仕事をしてうまくいかなかった場合、ダルクに行くということもあると思います。要は本人の本当の問題を捉え切れていないということでしょう。人間なので、何がその人にとって問題なのか困難なのか、と考えた方が的を外さないこともあります。例えばお腹が痛いとします。ネットで見て、いきなり癌の病院に行くでしょうか。一般的な病院で可能性をみてからが必要に応じて癌の検査をうけますよね。薬物事件を起こしたからといって、いきなり依存症なんだ、一生治らない病気なんだというのはどうか。本当は何に困っているのかということを知った方が、遠回りかもしれないけれど、その人に本当に必要な支援が届くのではないかと思います。今後私の取り組みとしては、広い視点から薬物問題を考えることができればと思っています。

広い視点「生きるための視点」ということを考え始めたきっかけは、海外のリハビリ施設に見学に行ったときに、考え方が違うなと、刺激を受けたことがありました。「ハーム・リダクション」といって、「使ってもいいけど、健康的に生きようよ」という取り組みなんですね。「苦しくて薬物を使うならそれもいい。でも薬物は手段であって、生き辛い本当の原因にまでさかのぼろうよ」という取り組みなんだと思います。国がお金をだして「インジェクション(注射)ルーム」という薬物を使える部屋を用意する。それは部屋だけがあるのではなくて、使ってもおかしくならないように医療器具も看護師さんも用意してある部屋なのです。そんなことをして何とイカガワシイ国だと思うかもしれません。が、それは使用を推奨しているのではなく、そこに来る人は何等かの問題を抱えているはずだと捉えるのです。例えば借金の問題、仕事の問題。別の部屋にはカウンセラー等がいて各種の相談などにも対応できるようになっている。問題を抱えた人がインジェクションルームを通ることで相談につながれるようになっているのです。日本なら使うことがダメだから、使っている人の問題は聞いてもらえない。でも問題が借金ならその相談ができたら薬物使用も少なくなるのではないかと。外国は薬物使用率が高いから、ダメだといっても使うからそういう対応になる面もあります。日本は使う人が少ないからなかなかそういう対応にはならないのですが、でもこんな発想があってもいいんじゃないかと思います。健康にその人らしく生きるためには、どうすればいいかという視点を持った方がいいのではないかと。こういう視点をもったほうが、「更生・回復の型」も視野が広がるだろうし、リハビリ施設との関わりももっと広がるだろうと思いますね。今後はこういった広い視点から薬物問題を考えることができたらいいなと思っております。

文責:伊藤