<10月家族会報告>

2019年10月19日(土)午後1時半~5時 16名参加(13家族)

講師:田 亮介先生(駒木野病院 アルコール総合医療センター センター長)

(パワーポイント使用)

 

駒木野病院の田と申します。駒木野病院は、相模原ダルクの提携医療機関となっております。患者さんを診察する他に年に2回定例意見交換会を行っています。医療機関と回復支援施設とでは少し違いもありますのでお互い情報交換します。当事者の回復支援ということでは向いている方向は同じです。昨年12月にも家族会でお話しさせていただきました。

駒木野病院の紹介です。八王子市にある病院でして人口58万人くらいに精神科病院18、クリニックが27くらいありまして精神科のメッカみたいなところです。写真でみますと比較的大きな病院ですが、周囲は住宅街です。5階の病棟から見た風景ですが、緑が多くいい環境です。救急病棟、児童病棟、認知症病棟もあります。年間入退院が1000名くらい。比較的忙しい病院かもしれません。この中に「アルコール総合医療センター」があります。

 

これはトキオの山口さんですが、お酒の問題で最終的にはジャニーズ事務脱退となりました。ご本人の会見のなかで「自宅にいると飲んでしまうので、会社の指示で病院から仕事に通っていた。」「昼間焼酎を一本のんで、女子高生と連絡とってしまい」最終的には逸脱行為にいってしまったと。これを聞くと、ほぼアルコール依存症だろうねと思うわけですが、あまり表沙汰になりませんでしたね。メンバーの方も「僕らはアルコール依存症だとは思わなかった。診断書にも依存症とは書いてなかった。」明らかに依存症と思われるのに、ご本人が治療につながらなかったのは、大きな問題だと思います。

一つにはアルコール依存症を理解している医者が少ない、医療関係者の問題があるでしょう。本人にも否認の問題があり、飲酒量などを過少申告してしまう。医者の側も社会的に不利益をうけるのではないかと感じて診断をためらってしまう。忖度してしまう背景にはこういった社会的問題があります。

依存症は「症」のつくれっきとした病気であるにもかかわらず、「嘘つき」「性格の問題」「だらしがないから」「意志・根性論」「仕事に行けているから依存症ではない」、これは本人だけではなくご家族もおっしゃったりしますね。「自業自得論」。こういった誤解があると、社会の流れとしては、「隔離」という政策を国がとりがちです。私宅監置と書いてありますが、昔は精神病は1950年代に薬ができるまでは治療法がないですから、自宅に檻のようなものを作り、その中で生活させるとか。あるいは昔から高尾山はパワースポットでありまして、剛力さんが山奥の滝に連れて行って滝に打たせるといった方法しかなかったのです。これらは人権問題として今は禁じられていますが。精神科病院は昔「脳病院」といわれそこに隔離される。これは「青山脳病院」の写真です。またハンセン病の隔離、これは感染するといわれて病人が出ると強制隔離され、家中真っ白に消毒されたうえ差別も強烈でした。

病気を正しく理解することを、もっともとやっていかないといけないです。最近の「精神神経科学会」でも「物質使用障害のスティグマをどう解消するか」が大きなテーマでした。スティグマとは何か。元々ギリシャで奴隷、謀反人とかであることを証する焼き印でした。現代では社会によって押し付けられた「負の烙印」の意味で使います。しかし間違った印象や知識ですから変えていくことが大事です。パブリックスティグマ、これは一般市民の型がもつ見方、偏見ですね。セルフスティグマ、これはご本人が偏見差別を受けると感じてしまう問題。多くの方が差別された経験を持ち予防線をはる。「私はアル中だから嫌われるに違いない」。だから引きこもる。これが支援や治療の遅れにつながる現状があります。2004年の資料ですが、治療ギャップといいます。治療が必要な人の中で治療を受けていない人の割合です。鬱病は45%が治療をうけていない。統合失調症は18%。ところがアルコール依存は92%といいます。2%しか治療をうけられていないということ。これは海外の資料ですが、同じことが日本にもいえます。スティグマの問題、個人内の要因、社会内の要因、偏見や知識のなさ、診断を受けたらこれから大変じゃないかという恐れ。こういった問題をクリアして行かなければなりません。

 

アルコール依存症の診断基準。「ICD―10」はWHOが発表する世界共通の診断基準です。6項目書いてあります。代表的な症状が6つ、診断するには3つ以上あればいいということになっています。1渇望。飲酒への囚われ(仕事中でも酒のことを考えてしまうようなこと)。2飲酒のコントロールがきかない。(表面的にあらわれないので内科の先生などではわかりにくいでしょうね)。3離脱症状(手の震えなど典型的にわかりやすい症状もありますが、イライラ、眠れない、吐き気等は離脱症状と見てもらえない事が多くて、他の診察科目にいってしまう)。4耐性の上昇。5飲酒レパートリーの狭小化と連続飲酒。6有害にもかかわらず飲み続け繰り返してしまう。(わかっていても止められない、反省が足りないわけではない)。3つあてはまれば依存症として治療介入できるのですが、まだまだ内科の先生にはわかりにくい症状だと思います。身近な医療者を変えて行かないといけないと思います。人はまず自分の経験に照らし合わせて考えるものですが、病的飲酒欲求とか離脱症状とかは、分かりにくいでしょう。何よりもお酒をのむことが優先しなければならないというとか、やめたいのに飲みたくなっちゃうとかは、理解しにくいですね。

 

当事者の方が良くおっしゃるのは、「お酒を止めればハッピー」ではないことです。止めれば食事ができるとか体がよくなるとか良い事はありますが、「素面の状態でストレスに真正面にむきあわなければならないのが辛い」と。ある意味お酒の力を借りてストレスを耐えてきた人が、素面になったら、全部生きづらさをひきうけなければならない。これに関しては有名人の経験を利用するのも必要なことかもしれない。

「アルコール健康障害対策基本法」ができました。平成26年6月から施行されています。お酒の樹から色々な実が成ります。お酒がらみのDV、児童虐待、飲酒運転、暴力、外傷、救急搬送。これらの根っこにあるお酒の問題からアプローチしないとモグラたたきになってしまう。根っこから国として対処していきましょうというのが基本理念です。国民に対する責任としても理解を深め予防につとめ、といったことがうたわれています。こういった基本法をもとにスティグマの問題に取り組んで行けばいいと思います。

「基本法」とは国が本腰いれてやりますよという法律です。例えば「癌対策基本法」、昔は死に至る病でしたが、今は早期であれば9割が治る病気になりました。他に「自殺対策基本法」、年間3万人の自殺数だったのが、最近4年間は三分の一位までに減っています。国が作る基本法に基づいて各都道府県が推進計画を作ることになります。神奈川県のはこれです。東京の問題と北海道の問題が同じではないので、地域の実情に合わせて対策を練りましょうということになっています。

このような対策を取るなかで、誤解偏見、隔離という問題を話しましたが、徐々に変わってほしいと思いますが、同時にやはり難しいなと思うものです。社会との接点が増えていく。統合失調症の方もどんどん社会に出て行くその中で、心理学では「レイセオリー、素人理論」というのがあって、固定概念みたいなものがあってそれがその人の態度行動に現れますが、それをどう乗り越えるかということがあります。世論調査では、「依存症は本人の意志が弱いだけである」という回答が45.3%。平成21年つい最近の事です。一番下に「都民の不適切な飲酒を防止するとともに」と書かれていますが、具体案が何もないところが心配ですね。それを乗り越える方策のひとつとして「リカバリーパレード」というのがあります。毎年パレードで市民むけに訴えているのですが、今年は11月10日新宿中央公園から歩きます。

 

海外ではどうでしょうか。これは「ヘイゼルデン・ベティフォードセンター」の写真です。この方は大統領夫人でしたが、アルコールと鎮痛剤の依存症でした。治療を受けて回復した後、カリフォルニア州に治療センターを設立しました。その名を冠したベティフォードセンターは治療を求める人や有名人にも行きやすい所として知られています。今でもアメリカでは「ベティフォードへ行く」というと依存症治療に行くの意味で一般名詞のように使われているといいます。こういうところがあると利用しやすいですね。やはり有名人の力を借りない手はないだろうと思います。

薬物依存に関しては田代まさしさんが活躍していますが、清原さんも最近は厚生労働省の啓発活動にも協力しています。アルコールでは髭の殿下、この方はご自分でも依存症であると発表されて、新聞にものりましたね。トキオの山口さんも治療を経て発言してくれるととても有効だと思うのですが、今は消されてしまうのかなと心配しています。

日本は確実性均一性を重んじる国です。多民族国家とはいえない。多様性を重んじるアメリカとは違いますね。文化的風土も影響するのかもしれませんね。最近ではLGBTなどの用語で性的マイノリティも話題になりまして、少し変わってくるのではと思っています。日本人はもともとあるものを真似て発展させるのも得意ですから、異質な文化をうけとめて発展させるのは得意ですから。

 

前回もお示ししたのですが、昨年9月に「新しい治療ガイドライン」が出されました。治療目標をみると、原則的に断酒の達成とその継続である。新しく加わったところは、「断酒に応じない場合説得をこころみる。それでだめなら治療からドロップアウトしないように、節酒を提案してみる。」少なくとも医療機関に来たからには何とかしたい気持ちがあるのでしょう、そこで繋がってもらうために節酒を持ち出すのです。ハームリダクションという考えかたです。時々誤解を受けるのですがお酒の量を減らす事が目的ではなく、結果的に最悪の事態を避けるのが目標です。

そういった流れの中で、3月に商品名「セリンクロ」というお薬がでてきました。治験の対象の方は、50代が中心で仕事も家庭もある方が多い。月の四分の三が多量飲酒日という。どちらかというと病院より産業医の対象かなと思います。単に希望者に渡していいわけではなくて、久里浜医療センターの研修を受けた先生でないと出せないのです。本来の目的は重症になる前に、クリニック通院の人たちに使える薬として「お酒を飲む1.2時間前に薬を飲んで下さい」結果的に酒量を減らすというものです。酒の回りが早く感じた。美味しいと感じなかった、等の感想があります。本人にとってのお酒のメリットが減っていく薬です。精神科病院は日本に1000位あります。クリニックはその3倍くらいでずっと増えています。できればクリニックでこのような薬を出してもらって、重症化しないで早めに介入できるようになれば、良いのかなと思います。

 

アメリカのニュースですが、大谷翔平の同僚の野球選手が鎮痛効果のある医療用麻薬とアルコールの併用で窒息死したのではないかといわれています。トランプ大統領は麻薬対策として密売人に死刑をと。アメリカでは医療用麻薬に関する問題が大きく、製薬会社ジョンソン&ジョンソンが訴えられています。依存症性があるときちんとアナウンスしなかったので、亡くなった方が多い。2000年以降医療用麻薬中毒で亡くなった方が400万人、今も患者さんが200万人、といわれています。オピオイド中毒の問題が大きいです。上腕にチップを埋め込む治療薬が開発されて、じわじわ6か月くらい出続けるらしいです。6ヶ月おきに入れ替えるといいとか。しかしお薬だけでどこまで抑えられるか疑問です。個人的には自助グループの支えがないとだめじゃないかと思っていますが。これはABCニュースでしたが、中国で初めて、脳の中に薬物治療のインプラントを入れたという方法です。脳に電極を入れまして、医師が手元のスマホみたいな器具でオンオフさせる方法。もともとパーキンソン病の治療に考案された方法ですが、これを薬物治療のために使ったということです。ここまでするかなとは思いますけど。このように薬物依存症の治療法が工夫されています。

治療に必要なものとして、安心できる人・場所があります。ダルクという場所は、僕は大事だと思います。「ダルク追っかけ調査」というのを国立精神・神経医療研究センターでやっています。この調査では断薬を継続させる3つの要因として、「良好なフェローシップ、回復のモデルの存在、自助グループへの定期的な参加」が示されていました。ダルクは増えていますが、医療機関は増えていません。ダルクの良さは、排除しない、生きづらさの手当てがある、失敗しても戻ってこられる場所。失敗の許されない所に成長・回復はないと思います。

 

精神科医師として、大事だなと思うことは、「自己肯定感をいかにあげられるか」ということです。ありのままの自分を受け入れること、自分を大事に出来ることです。人の評価を気にしすぎたり、評価にを得ようと自分に無理をしないこと。依存症の人には自己肯定感の低い人が多いです。先進国の高校生を対象とした調査で、自分はダメな人間だと思う人の割合が日本は72.5%、他国に比べてダントツに高い。国の教育の問題があるのかなと思います。制服や金太郎あめ大量生産みたいな、教育政策にも問題があるのかもしれない。自分軸がない、自信がない、自分に価値を感じられない、人の軸に振り回されてしまう、人の評価を気にしすぎる、認められるために過剰に頑張る。自分で自分を満たせない。そういった自己評価の低さの背景には、学校教育の問題、幼少期の問題、逆に過保護の問題もあると思います。最近は一人っ子が増えていますが、何でも親が決めてしまい親の顔色を伺って自分の軸が育たないという子もいるでしょう。

自己肯定感を高める本も沢山ありますがやはり独力では限界があります。それは人の中で育つものではないかと思います。病院でも、施設でも、自己肯定感が少しずつでもはぐくまれて行くといいんじゃないかと思います。また、よく精神的に強くなるにはどうしたらいいかと聞かれるのですが、大野裕先生は、私の先輩で認知行動療法の第一人者ですが、「弱音を吐ける人こそタフだ」と日経新聞に書いておられまして、私もその通りだと思います。「弱音を吐けない人はある段階で急に弱くなります。一見強そうな太い樹が急に折れてしまうことがある。柳の枝は細くても台風に吹かれても折れない。タフになるためには、自分にできることと出来ない事を見極めて、弱音を吐きながらも、受け流す事が大事ではないか」といっています。似たようなことが自衛隊メンタル教官が教える心の鍛え方「心の疲れをとる技術」にも書いてありました。

WHOの健康の定義、「健康とは単に病気ではない、弱っていないというだけではなく、肉体的精神的社会的に満たされた状態といえる」とあります。社会の中に自分の居場所・役割があるということも、健康のためには大事なことだと思います。さて今年も11月10日から18日にかけてアルコール関連問題啓発週間として、厚生労働省主催で様々なキャンペーンが行われます。東京では11月9日に秋葉原でフォーラムが行われます。私はそこで飲酒運転のことをお話しすることになっています。お時間ありましたら足をお運びください。

 

Q:基本法ができたっていうことですが、お酒は健康障害が一番大きいということですか?

A:依存症にならなくても、糖尿病になりうる、認知症になりやすい等、いろいろあります。生涯飲酒量が脳の萎縮に関係するというデータもあります。誰が依存症になるかはわからないのです。依存症になろうと思って飲む人はいないですよね。だから飲まないことをお勧めします。どうしても飲むというなら、アルコール度数の少ないものをゆっくりと。

Q:逆に精神科医として、皆さんが医者に何を望んでおられるかを質問したいです。

A:精神科に行った時、本人を連れてこないとどうにもならないと、打ち切られました。

Q:昔はそういうことはありましたが、今病院ではそういうことはしません。ご家族に対応方法を提案したり、病院以外にもどういう支援を受けられるのかとか、こちらから提供できることもあります。場合によっては、ご本人の了承がとれればですが訪問診療ということもあります。

文責:伊藤