1月家族会の報告
参加者は11家族14名(初参加は1家族)。今回は、ナラノン(身近な人の薬物の問題で、自分の生活と生き方に影響を受けている人たちのための自助グループ)のお二人に貴重な体験を語っていただきました。依存症本人はNA、家族はナラノン ファミリーグループ。米・フロリダに本部が在り、日本では1989年11月10日、四谷会場でスタートし、今年で27年になります。
田中代表からの挨拶の中で、「かつて、ダルクのスタッフだった時、本人の回復だけを考えていた。しかし、家族との関わりがそのままで家に戻った本人が、スリップしてしまうケースが多かった。」という経験から、「家族も病気で、回復が必要!」と痛感されたことが話されました。
はじめにナラノンのAさんから。今は「感謝の日々」を過ごされているとのこと。しかし、「平成元年に息子が依存症を発症してからの17年間は、息子へのコントロール依存症だった。説教、取り上げ、暴力沙汰、私が治さねばという、親の一心。依存症について学んでからも、逆にとことん面倒を見ようとした。」という。そして、「それが自己満足だったということに気付いた。自分は真逆のことをしていた。私一人で頑張らなくて良いんだと、生き方のバランスの悪さを教えてくれたのは、依存症者だった。」 3年前、二人目の息子さんが危険ドラッグに手を出し、ダルクも一週間で飛び出して来た時は、「慌てなかった。以来2年間会っていない。『今は会えないけれど、落ち着いたら会おう。元気で嬉しかった。』と伝えた。」という。「あの子はあの子の人生を生きている。どう生きて行くかはあの子が決める。ハイヤーパワーの下で。」と今の心境を語られました。
次いでナラノンのBさんから。「最初は、娘に何が起きたのか解らなかった。何で私の子が?」 自身が仕事に明け暮れる毎日の中で、「それまで子供たちには、◯か×かでコントロールし、程良い加減が出来なかった。」 ある日、婦警に「こんな親だからこんな子になる」と言われた時、娘さんが「『こんな親』じゃない! 一生懸命やっている!」と言ってくれたという。「娘は病院に行き、NA会場に行き、少しずつ心の窓を開けて来た。NAのプログラムに繋がった娘が、先行く仲間になった。」という。Bさんは、NAからアラノンプログラムへ、そしてナラノンプログラムへと、自分を変えて来た。「[親]という字は、木の上に立って子を見ていると書きます。同じ目線ではなかった。」「今は自然の摂理の中で、私は私の仲間、子は子の仲間とともに生きている。」と語られました。娘さんは、現在、ある支援施設で運営をサポートされておられるそうです。 (広瀬)
